Requiem

 

 暗い。

 重くのしかかるような闇の中にそれは自立していた。

 H-01――研究者ロトワングと犯罪組織ウロボロスの技術と資産を併合し、開発されたヒト型人造兵器。

 単純な命令、つまりは攻撃対象とその程度を指定するだけで自律して動作し、任務を遂行するという高性能なスペックを持つ。

 H-01にはワイルドタイガーの動作データが組み込まれている。開発当初は、バーナビー・ブルックス.Jrの相棒の代替品として作動する予定であったが故だ。アンドロイドらしからぬ無駄な動きはしてしまうものの、人間らしく見えているので問題はないだろう。無機物の塊にしては上等な動きをする。

「おはよう」

 年を老いた、のんびりとした声が闇に響いた。

 その声に反応してH-01の発光部が赤く灯る。広いフロアが緩やかに照らされた。

 いつの間にか現れた老人は、穏やかな笑顔を浮かべてH-01を見つめている。

「チャージ中に、すまないね。今しか時間が取れなかったものだから」

 老人の言葉に、H-01は顎を伸ばして首を左右に倒した。そのコミカルな動作は、コピー元の人物のものだ。

 チャージ中、の言葉通りに、H-01の背面からは太いプラグと何本かの配線が伸びている。これが彼の生命線。無くてすぐ困るものではないが、これを失った彼に待つのはエネルギー切れという一種の仮死状態だ。

 はたして彼に""という概念を押し付ける事が出来るのかは定かでは無いのだが。

「君の生みの親は、捕まえたヒーロー達を使って遊ぶことで頭がいっぱいの様だ。哀れな者だね。差別者というものは」

 老人は淡々と語る。

 それは命令の言葉ではないので、H-01はどの反応も返さない。

「君は、"正義"とは何だと思うかね」

 老人は、反応を返さない彼の後ろに回りながら言葉を続ける。

「私は、何もしない、何も感じない事だと思うよ。それに辿り着いて、随分疲れてしまった。……私が何をしても"正義"足りえない。私が何を感じても"正義"に向かう事は無い」

 H-01の背に生えるプラグを2度叩き、タッチパネルを表示させて数値を打ち込む。長年付き合ってきた短く太い指は、幼い頃から多くあった揶揄の対象の一つだった。

 ガシュン。

 重い音を立ててプラグが浮きあがる。

「抜いてくれ。年を取ると力が無くてね」

 老人の命令に、H-01の左腕が動いた。プラグを掴んで床に放る。

「こちらを向いて、真っ直ぐに立ちたまえ」

 続いた命令にも淀みなく従ったH-01に、老人は目を細めた。とても眩しいものを見るかのように。

 老人は、ボディの側面に垂れた右手の甲に触れてぐっと握りしめた。

H-01。君は、私にとって正義そのものだ」

 H-01は何の反応も示さない。ただ、そこに佇むだけだ。それでも、それだからこそ満足そうに老人は笑う。どこか子供の様な笑顔で。

「その正義故に壊される君を、私はとても愛しく、誇りに思う」

 そう告げると、老人は彼から離れた。そのまま暗い闇に紛れる。

 赤く発光するH-01だけが、闇のフロアに浮かんでいる。

 さっと、薄く白い光がフロアに差し込んだ。どうやら老人が扉を開けているようだ。

H-01、最後の命令だ。これ以降、誰の命令にも従わずともいい」

 老人が変わらぬ調子で言った。表情は逆光となり真っ黒に塗りつぶされている。

「以後、このフロアに入って来たもの、全てを殲滅しろ」

 言葉と共に扉が閉まり闇が戻る。

 1分後。

 H-01の発光していたライトが落ち、フロアは完全なる暗闇に包まれた。

 

 

 

 主よ いけにえと 祈りを汝に

 称賛を ささげん

 そを受け入れたまえ この魂のために

 

 本日は記念すべき日になれば

 

2011/09/05

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