拝啓 バーナビー・ブルックス.Jr様
初めてお手紙をかいています。
私の名前は、■■楓といいます。
こういったお手紙を書くのが初めてなので、色々と調べたのですが、おかしな所があったらごめんなさい。
バーナビーさんが覚えていらっしゃるかわかりませんが、お礼を言いたくてお手紙しています。
私は、崩れおちるスケートリンクで貴方に助けていただいた女の子です。
あの時の事はぼんやりしていてあまり思い出せないんですが、落ちてくるたくさんの瓦礫の下にいた私を、貴方が助けてくださった事だけは覚えています。
私をたすけてくれて、ありがとうございました。
バーナビーさんのおかげで、たいした怪我もしなかったし、これからもフィギュアスケートを続けていけます!
ええと、私はお父さんに言われてフィギュアスケートを習っているんです。
あの日はフィギュアの大会日だったんです。
大きな街に出てきて、騒ぎに巻き込まれて、凄く怖かったけど、バーナビーさんのお蔭でちょっとだけいい思い出になりました。
だから、ありがとうございます。
バーナビーさんの事、これからも応援していきますね!
ありがとうございました、ヒーロー!
■■楓
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拝啓 バーナビー・ブルックス.Jr様
こんにちは。■■楓です。
ヒーローTV、いつも応援して見ています!
ワイルドタイガーとのコンビはどうですか?
疲れたりしてませんか?
先輩から苛められたりとかしてませんか?
たくさん色んなことがあるんだろうなって思います。
私には応援する事しか出来ないから、バーナビーさんを全力で応援してます。
バーナビーさんは私の中で一番のヒーローですから!
今日は私、学校で面白い話を聞いたんです。
私は日系の学校に通っているのですが、欧米の方ではお父さんの名前を、息子さんにそのまま使うことがあるんですね! その時につける名前がミドルネームというんだそうです。
それを聞いてバーナビーさんの事を思い出しました。
バーナビーさんは.Jrってつけていらっしゃいますね。
もしかしてお父さんの名前をもらった方なんですか?
気に障ったらごめんなさい。
もし、そうだとしたなら、とてもステキだなって思ったんです。
お父さんとお母さんにとっても大切に思われているし、バーナビーさんも、お父さんとお母さんをとっても大切に思われているんだなって伝わってくるから。
バーナビー・ブルックス.Jr。
うん、やっぱり素敵な名前です!
少し羨ましくなってしまいました。私なら、お母さんが友恵という名前なので、■■友恵.Jr?
(日本名だとバーナビーさんみたいにかっこよくならないなぁ)
■■■■.Jr(これはお父さんの名前なんです。もっと変ですね)
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拝啓 バーナビー・ブルックス.Jr様
こんにちは。■■楓です。
ヒーローTVの密着ドキュメント見ました!
途中で爆弾事件が起こったのには吃驚しちゃいましたけど、冷静に市民の皆さんを誘導するバーナビーさんの姿は流石ヒーローと感じました。かっこよかったです!
爆弾の処理の時は、大丈夫なのかとハラハラしてしまいましたが、誰も怪我せずに終わってほっとしました。
ワイルドタイガーとも、良いコンビを作れているみたいで、よかったなって思います。
でも、いっつもバーナビーさんと一緒にいるワイルドタイガーがちょっぴり羨ましくなっちゃいました!
そうそう、バーナビーさんの応援でヒーローTVを見る様になって気付いたのですが、ワイルドタイガーがなんだが私のお父さんにそっくりなんです!
ちょっとした癖とか、声の調子とか、人のちゃかし方とか。
こんな事言うのも変かもしれませんが、バーナビーさんは凄く真面目な人に見えるので、ワイルドタイガーの扱いに困ったりするとき、あったりしませんか?
もし、色々と言われてどうしても困ってしまったりしたら、「そうですね」って返し続けると良いですよ。話がすぐ終わったりします!
すっごく効果がありますので、一度試してみてください。
やりすぎには注意! ですけど。
私、怒ってて引き際がわからなくて、お父さんを拗ねさせてしまったことがあるので…。
バーナビーさんは、一人で暮らされているんですね。
ヒーローの貴方にこんな事言うのもおかしいって思うんですけど、ご飯はちゃんと食べてくださいね?
栄養補助食品はご飯じゃないですよ?
私のお父さんみたいに、お酒と炒飯とおつまみで生活してたら肝心な時に倒れちゃいます。
変な事言って、ごめんなさい。
バーナビーさんのお部屋が、凄く広かったから、少し寂しくなってしまったのかもしれません。
PS.前回のお手紙で、ミドルネームの話をしたのですが、女の人にはJrって使わないんですね。
お手紙した後に聞いて、すごく恥ずかしくなってしまいました…。
■■楓
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拝啓 バーナビー・ブルックス.Jr様
こんにちは。■■楓です。
そちらでは、ルナティックというダークヒーローが出てきて大変なようですね。
TVを見て、私も色々と考えてみたんです。
ルナティックの言葉は難しくて良くわからないけど、悪い人だからって、何も聞かずに殺すなんて、いいのかなって。
私、わからなかった。
わからなかったんです。
でも、人を殺すって、とても、すごく、重いことだと思う。
あの人は、そんなものを沢山背負って、大丈夫なのかなってすごく不安になりました。
バーナビーさん。バーナビーさんはどう思いますか。
ごめんなさい。変なこと書きました。
バーナビーさん。
違ったら笑ってくださいね。
私のお父さんは、ワ■■ド■■■ーですよね?
うんと。質問、というより確認なんです。
バーナビーさんと組むようになってから、ワ■■ド■■■ーはスーツなしで表に出てくる機会が増えましたよね。
お父さん、あれっぽっちの変装で、私に気付かれないって思ってるのかな。
声も、顔も、姿も、そのまんまのお父さんなのに。
薄っぺらいアイパッチ一つで、娘をごまかせると思ってるなんて失礼しちゃいます!
■■■■=ワ■■ド■■■ー
どうして私に言ってくれないのかなんて、聞かなくても想像つきます。
だから、私が気付いてるって秘密にしてください。
向こうから言ってくるまでずーっと知らないふりして、言ってきたら「とっくの昔に知ってたよ?!」って言ってやるんです。
お父さん、きっと驚くんだろうなぁ。
バーナビーさん。私の一番のヒーロー。
お□■■の事を、宜しくお願いします。
■■カエデ
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拝啓 バーナビー・ブルックス.Jr様
こんにちは。■■□エデです。
バーナビー! バーナビー! ありがとう!
シュテルンビルトの平和を守ってくれてありがとう!
□■■■と、バーナビーと、ヒーロー皆に、ありがとう!
TVを見ていて凄く苦しかった。
けど、バーナビー達が頑張ってくれたから、最後は思いっきり笑えたよ。
やっぱりバーナビーは私の一番のヒーローです!
今はゆっくり傷を癒してください。
ありがとう、ヒー□ー。
PS.■■■■のお見舞いに行くから、□ー□ビーにも会えるかもしれないね!
ごめんなさい。バー□□ーは■■■■と違って人気者だから、きっと別の□□屋にいるよね。
でも■■■■■に会えれば直接お□を言えるかと思った□です□
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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ガシャアァァンッ!!
酷い音がして、バーナビーの意識は現へと戻った。
一瞬の立ちくらみの様な感覚が自身を襲う。世界が暗黒から薄い闇にシフトし、そこでようやく、彼は自分が自室にいることに気付く。
ふらつく頭を手で支えながら、意識を保つように立つ両足に力を入れた。
(そうだ。マーベリックさんの別荘で、新スーツ完成の知らせを聞いた……)
スーツの準備に少し時間がかかるようなので、一旦自宅に戻り、サマンサ叔母さんを殺した犯人である鏑木・T・虎徹について少しだけ調べてみようと思った事を思い出す。
視線を音がした左にずらすと、リクライニングチェアに付属されているサイドテーブルの上にあった全てのものが、明りの灯らない部屋の床に散乱していた。
パソコン。グラス。写真立て。携帯電話。
グラスは粉々になっている。写真立てもガラス窓の部分が割れたようだ。パソコンと携帯は見る限り異常はない。しかし、それ以外に異常がある。
覚えのない大量の紙。
見るからに手紙らしきものが、それらの上に散乱していた。
明らかにテーブルの上のものが落とされてから、その上に撒かれたもの。
彼は、一瞬前の自分の行動を顧みようとするが、霧がかかったようにはっきりしない。
だがこの部屋にはバーナビーしかいない。
つまりこの惨状は彼が作り上げたものなのだ。思い出せないはずはない。
それなのに。
「……っどうして、思い出せない!」
バーナビーは酷く焦ったような声を出した。
ただ、少し前の事が思い出せないだけだ。現状は少し異常ではあるものの、彼が現在置かれている状況を考えれば、あってもおかしくはないだろう。なにせ今までずっと共にあってくれた、養母とも呼べるサマンサを殺された所なのだ。しかも、名もしれぬNEXTの通り魔的犯行によって。
だが、バーナビーの中での焦りは大きくなるばかりで酷く彼を急かす。
彼は崩れる様にその場に膝をついた。割れたガラスを気にすることなく、手紙らしき紙の一枚を手に取る。それには、女性……いや、少女の様な字で文章が綴られていた。
所々に自分の名前が見える事から、彼はそれを自分へのファンレターと仮定した。
バーナビーの手が小さく小さく震えている。無意識の恐怖に。
彼は仮定した。
その文章を見て、ファンレターだと。
そう、彼は、そこに掛かれている文章を理解することが出来なかったのだ。
言葉は読めている。読めているはずなのに、意味の認識が出来ない。
彼女(そう、恐らく彼女で間違いはない)の名前すら、しっかりと把握できない。
背筋から頭のてっぺんまで、耐えきれない悪寒が走った。
これは、恐怖だ。
他の何も目にいれず、散らばった手紙をかき集めて見直す。
何度も。
何度も。
何度も。
何度も。
この手紙の量は一通分ではない。
何通分かはある。
つまりバーナビーは、送ってもらったものを纏めて置いておく位には、気に入っていたはずだし、何かを感じていたはずだし、大切だと思っていたはずなのだ。
妙に親しい口調で書かれているものもある。
もしかしたら、会った事のある人なのかもしれない。
文法はわかるのに内容が理解できない。
「う、あ。あ、あぁ、ぁぁあああああああああああ!!!」
意味の分からない恐怖に、彼は狂いそうになった。
切り傷の増えた手で握りしめた手紙には、所々に赤が滲み、掠れている。
「あぁ、なんで、僕は、何が。いったい」
開いた手から、手紙の束がバサバサと落ちた。
血のにじむ手のまま顔を覆う。
誰でもいい、誰か。
そうしてバーナビーの精神が悲鳴を上げそうになった時、彼の脳裏に幼い声が蘇った。
『バーナビーは、私の一番のヒーローなの!』
酷く優しいその声は、壊れそうな彼の精神を繋ぎ止める。
誰だ?
ああ、この手紙の?
自問自答する程度の余裕が出来たバーナビーが、荒い息を吐きながら視線を床に落とすと、白い手紙の間に濃い赤が目に留まった。
自身の血ではない赤に気付き手に取る。
それは、2枚の楓の葉が貼り付けられた栞だった。
「紅葉した、……楓」
呟いたバーナビーは、妙に気分が落ち着いていくことに気付いた。
先程まであれだけ不安に駆られ、自身を傷付けても気付けない程動揺していたのが嘘のように気分が凪いで行く。
これは何かのお守りなのだろうか?
思い出せないが、そうなのかもしれない。
その時、携帯がキツイ呼び出し音を鳴らした。
バーナビーの心が、サマンサを殺した犯人を捕らえる為に切り替わる。
いくつかの切り傷を負った手で携帯を拾い、通話ボタンを押せば、両親が殺されてからずっと自分を育ててくれた、養父の声。
鏑木・T・虎徹は、アポロンメディア屋上にて他ヒーローと交戦中。
「――わかりました。直ぐ向かいます」
端的な返事をして、バーナビーは電話を切った。
携帯をポケットにしまうと、左手に持った栞が目につく。
少し迷って、彼はそれを胸ポケットに入れた。
犯人との交戦中に先程の様な事態に陥ってはいけない。今回は失敗するわけにはいかないのだ。
「迷信にでもなんでも、縋ってやるさ」
酷い惨状の部屋を後にする時、バーナビーの脳裏に、泣きながらも笑うボブヘアの少女の顔が浮かんで、消えた。
アポロンメディア屋上。
高層階に吹きすさぶ風は凄まじい圧力で虎徹を襲った。
だが敵は風ではない。
もう少なくない年月を共にした、相棒。いや、かつての相棒、バーナビー・ブルックス.Jr。
「っどうわ! ッあーもう聞け! バニー!」
拳をフェイントにした回し蹴りを、たまたま吹いた暴風に助けられて何とか交わした虎徹はもうすでに満身創痍だ。生身同士の戦いならまだしも、スーツの性能が違いすぎる。
加えて虎徹は他ヒーローとの連戦で体力の消耗も激しい。頼みのハンドレットパワーもすでに切れてまだ使える状態に無い。
それでも、なんとかかんとか避けつつ騙し騙し時間を稼ぎながら、今までのバーナビーとの思い出を語って聞かせ、どうにか記憶を戻そうと試みてきたが限界は近い。
「っくっそ!」
焦りのあまりに悪態が出る。呼吸のペースを乱すだけで何の得にもならない行為は、虎徹の注意力が散漫になってきている証拠であろう。
避けられた後すぐに翻って殴りかかってきたバーナビーを避けようとした虎徹が、足さばきのタイミングをほんの少し誤った。
結果として、直撃は避けたものの、バーナビーの拳を食らった虎徹は後ろに飛ばされ獅子の台座部分に頭を打ちつけられる。頭部への大きな衝撃に全身にびんっとした痺れが走った。
「……っ!」
(やべぇ、こりゃ)
打ち所が悪い。これでは少しの間、体は意思に反して動いてくれない。
虎徹の焦りをよそに、バーナビー容赦なく追撃を仕掛けてくる……様子が、唐突に見えなくなった。
虎徹の目の前に、小さな背中が立ちふさがる。
「やめてっ! バーナビー!!」
「ッ――ばかやろ!!!!!」
「――っ!!」
その背中を認識した瞬間に、虎徹は全精力を掛けて手を伸ばした。
直ぐ後に、1メートル右で石が砕ける音が響く。
ぎりぎりで届いた虎徹の手と、ぎりぎりで回避行動をとったバーナビーの努力により、二人の間に割り込んだ少女――鏑木楓は傷一つ負わずに済んだ。
あの瞬間に掴まれた楓の右腕は、今もきつくにぎりしめられている。その手が情けない位に小刻みに震えている事は、少女にも伝わった。
そっとその手に自分の手を重ねると2度優しく叩いてから、ゆっくりと外す。外そうとするのに外れなくて困った楓は、虎徹を振り向いて笑った。
「大丈夫だよ。お父さん」
父親の瞳がやけにゆっくりと大きく開いていくのを楓は見た。
力の緩んだ瞬間を見て、手を振りほどき立ち上がる。
「あ、……駄目だ楓! 危ない!」
そのままバーナビーの方へゆっくりと歩いていく娘に、虎徹は叫んだ。
立ち上がろうとしたがうまく体が動かない。
少女はそんな父親に、ふうわりと、花が咲くように優しく笑った。
「大丈夫だよ、お父さん」
それから、回避行動をとった体制のまま動かないバーナビーの傍に、そっとしゃがんだ。
「バーナビーは、私の一番のヒーローなんだから」
スーツの上からバーナビーの頬を優しく撫ぜ、地に落ちたその手を取って、細かく震える手の甲にそっと唇を落とす。
「ねえ、バーナビーさん。私の名前は■■■■です。カブラギTコテツの□です」
そう言って、少女は大きな瞳に涙をためながらも優しく笑ってみせる。
バーナビーの手が、大げさなほどにびくりと震えた。
(まただ。また。また。聞こえているのにわからない)
少女の声はどこか暖かく懐かしい。
(でも僕は知らない)
少女のこんな笑顔を見ているのは苦しい。
(けれどもどこかで安堵する)
こんな少女をバーナビーは知らない。
(知っている知らない知ってる)
「う、あ。あ。あぁぁああぁあああ!!!」
バーナビーの絶叫が、アポロンメディアの屋上に響いた。