「東堂さんの馬鹿!」
唐突な後輩の言葉に、東堂はその柔らかな頬を抓ってやることで応えた。
「何だ、真波。文句があるならその理由も述べろ」
「う~、らってりゃって」
頬を伸ばされながらも、真波は不明瞭な文句を繰り返す。その瞳にはうっすら涙が浮かび、悔しそうに東堂を睨める。そんな真波の表情に、東堂は勝ち誇ったかのように笑みを浮かべると、真波の頬を弄ぶのをやめた。
「東堂さんは意地悪だ」
「こんなに優しい先輩に言う言葉ではないな?」
「ひどい、あんまりだ」
ぷうっと頬を膨らませて顔を逸らした真波は、完全に拗ねてしまった様子だ。
保健室のベッドに座って、不貞腐れている真波は、大層可愛らしい。抓られて赤くなった頬がいいアクセントになっている。
まあ、オレの趣味も悪くないな。
東堂がそんなことを考えていると、真波がじろっと視線だけを東堂に向けた。
「オレ、怒ってるんですけど」
「拗ねてる、の間違いだろう」
小首を傾げて真波を見る。真波はまた、「ひどい」と非難を寄越した。東堂は何も応えず、そんな真波の隣に腰掛けて、そのまま身体をベットに倒した。そもそも東堂が保健室に居るのは体調が悪かったからで。たまたまサボりに来た真波が現れるまで、東堂は横になっていたのだ。
「お前も、先輩を気遣えんやつだな」
「東堂さん、具合悪いの? そういえば、口ん中熱かった」
「悪くなかったらここにはいない。お前と違ってな」
熱い息を吐き出す東堂を見て、さっきまで拗ねていた真波が、心配そうに眉を下げる。それから真波は手を伸ばして、横になった東堂の頬に触れた。そして、額に触れて、「あつい」と呟く。
「先生は? 薬飲みました? 寒くないです?」
矢継ぎ早に質問を繰り返す真波に右手を伸ばして、その唇に人差し指を当てるだけで黙らせた東堂は、「大丈夫だ」とだけ言った。
「オレに出来ること、あります?」
東堂の髪を梳きながら、神妙な顔をして真波が問いかける。その言葉に、東堂はにやりと笑った。
「強いて言うなら、もう一度キスがしたいな」
「!」
真波がぐっと押し黙る。それから、口火を切ったように言葉を並べ始めた。
「ばか! いじわる! さっきも不意にキスしてくるだなんて、しかも舌入れるとか絶対してくれないことしてくるし!」
しかし、東堂は、「恋人にキスをして何が悪い」と聞く耳を持たない。そんな東堂にムカっときて、真波は叫んだ。
「悪いの! オレ口内炎なの! 痛いって言ったじゃん! なのに同じ所ばっか攻めるし! 東堂さんサドなの!?」
「おお、それは新しい見解だな。なかなか面白い」
ベットに寝転がったまま、東堂はくつくつと笑った。こちらからキスをしてやった時の真波の表情は、なかなかに良かった。嬉しいと、痛いと、欲望の交わった瞳は一見の価値がある。見せたりはしないが。そう思って、東堂は目を伏せた。身体が重いと思った。
「東堂さん?」
真波が東堂に呼びかける。しかし、それに応える声はない。
「寝るなら、ちゃんとベッド入って下さいよ」
そう言って、真波は東堂の顔を覗き込む。伏せられた瞼を指でなぞって、その滑らかな頬を撫で、薄い唇に触れる。その唇を摘んで下に引いて、噛み付くようなキスをした。それは簡単に受け入れられる。
東堂の口内はやはり熱い。口内炎に触れないように気をつけながら、ゆっくりとその口内を堪能していると、東堂からも反応が帰ってきた。舌を絡めて、息を忘れて、お互いの中の柔らかな部分で触れ合う。
次の瞬間、チリっとした痛みが走った。東堂が、真波の口内炎舌で触れたのだ。そして執拗にそこに拘る。痛みが走る度に身体が揺れた。これ以上はたまらないと思って、真波は東堂から離れようとする。だが、それを背中に回った東堂の両腕が阻んだ。
「真波」
キスの合間に東堂が名前を呼ぶ。真波はその瞬間を狙って、再度あの言葉を打つけた。
「東堂さんの馬鹿!」