「信じられない」
それが、校舎屋上の給水塔が作り出す影で涼んでいた東堂を見つけた真波の、開口一番の言葉だった。
夏のギラギラとした日差しが、くすんだ色をした床に照り跳ねる。むわりとした熱気が肌にまとわりつく感覚を払うように真波は続けた。
「よくこんな暑い所にいれますね」
「お前が日向にいるからだ」
呆れた声を出す真波に、数少ない日陰に座る東堂は言った。
「ここは風も良く通るから、日陰に居れば心地よいものだよ」
「じゃあ東堂さん、もっと奥行ってください」
日向に居る真波が指差して促す。暑いと感じるなら教室に帰ればいいのに、と思いながらも、東堂は奥に詰めてやった。真波は当たり前のようにすぐ隣に腰を降ろす。
その時、夏服のシャツから伸びる東堂の腕に、真波の腕が触れた。違和感を覚えた真波が首を傾げる。それからおもむろに東堂の腕を左手で掴んだ。
ひやり、と冷たい感触が真波の掌に広がる。
「何だ、真波」
東堂が片眉を上げて尋ねた。真波は気の抜けたような笑顔を浮かべ答える。
「東堂さんの腕、冷たくて気持ちいい~」
「お前は熱いな。基礎体温が高いのか」
「東堂さんが低すぎるんじゃないですか?」
そう返した真波が、両手の掌で東堂の腕に触れた。触れられた所からじわりと広がる熱の感覚に、少々不快になったのか、東堂が眉を顰める。
「まぁ、高くはないが。……おい、熱いから離せ」
「えー」
だが、真波は東堂の話を聞く気配が無い。ぺたぺたと触れてくる熱い掌に、東堂は渋面を作った。
「熱い」
「冷たーい」
「まったく……」
再度の文句にも間延びした声を返され、東堂は諦めたようにため息を吐いた。この後輩は言うことを聞きやしない。放っておくことにした東堂は、給水塔の壁に背を預けたまま空を見上げた。青い空に白い入道雲が映えている。綺麗な空だ。
そうしてしばらくすると、あれだけべたべた触っていた真波が、急にぱっと手を離した。
なんだと思って真波を見ると、彼は口をへの字にしてこう言った。
「なんか、ぬるくなって気持ち悪い」
「お前の所為だろうが!」
すかさずツッコミを入れる東堂を無視して、真波はふらりと手を伸ばす。
「反対側……」
「ええい、やめんか、暑苦しい!」
涼を求めてのし掛かってきた真波を腕で押し返しながら東堂が叫んだ。するとようやく聞く耳を持ったのか、真波が身体を引く。真波はぷくりと頬を膨らますと、「ケチ」と言った。
「ケチで結構。というか、お前は一体何をしに来たのだ」
「あ、そーだ。さっき福富さんに会って。東堂さん探してましたよ」
憮然とした様子で言った東堂に、真波は今思い出したかの様に答える。その返答を聞いた東堂が、両手で拳を作って真波のこめかみにぐりぐりと押し付けた。
「お、ま、え、は! 何故それを先に言わん!」
「痛い痛いっ、東堂さんごめんなさい!」
すぐに謝罪した真波に、東堂は諦めたような溜息の後、腕の力を緩める。それから立ち上がると、制服のズボンについた埃を払った。
「オレは行く。真波は」
「もうちょっとここにいまーす」
「わかった」
簡潔に答えると、東堂は真波に背を向けて屋上から去っていく。その背中を見送ってから、先程まで東堂の腕に触れていた掌を頬に当てた。東堂の腕で常より冷えた掌に、頬の熱が移っていく。
その感覚に、真波はゆるく笑った。