斜日の陽は影を伸ばして

 夏は日が長い。もうすぐ十九時になろうとしているのに、世界は薄い明るさに包まれている。いつまでも明るい季節はどことなく居場所が無くて苦手だ。

 学校から出て長い下り坂をロードに乗って下る。その先には、箱学生御用達のコンビニがあった。オレもよく利用している。何もしなくても汗のにじむ季節のせいか、喉が渇きを訴えたので、オレはいつも通りコンビニに寄る事にした。入り口でロードを降りてコンビニの壁に立てかける。念のため盗難防止のチェーンだけ掛けてから、コンビニの自動ドアを潜った。ひやりとした空気が汗の浮いた額を撫でる。コンビニの店員が定型文の挨拶をしてくるのを聞きながら、ドリンクの並ぶショーケースに向かった。いつもの場所にいつもの清涼飲料水を見つけて、それを手に取ろうとした時、声が掛かる。

「真波か」

「……東堂さん?」

 聞き覚えのある声に振り返ると、コンビニのカゴを持った東堂さんが居た。彼も買出しに来たのだろうか。それにしてはカゴに入っている量が多い気がする。

「これか? じゃんけんに負けてな。買出しを頼まれた」

 オレの視線に気付いたのか、東堂さんがカゴを軽く持ち上げて言った。なるほど、と納得する。

「東堂さん、じゃんけん弱いんですね」

「じゃんけんは時の運だよ」

 気を悪くした様子も無く東堂さんが言った。

「お前はまたアクエリか」

「好きなんです、コレ」

「まあ、炭酸飲料よりマシだな」

 そう言った東堂さんのカゴにはベプシが入っている。きっと荒北さんが頼んだのだろう。

 オレ達はなんとなく会話を続けながら、レジを済ませて、店員の声に送り出される。外に出るとむわりとした熱気がまとわりついてきた。

「すっかり夏だな」

「そうですね~」

「なんだ、夏は嫌いか?」

 オレの声に潜むものに気付いたのか、東堂さんは不思議そうに尋ねてきた。

「そんな事ないです。空は綺麗だし、汗をかくのも嫌いじゃない」

 そう答えると「では、なぜそんな浮かない顔をしている」と東堂さんが言った。オレはそんなに暗い顔をしたんだろうか。

「なんか、苦手なんですよね。いつまでも世界が明るい感じ」

 オレは右手を後頭部に当てて、出来るだけ軽く言った。東堂さんは、ぱちりと瞬きをする。

「自分でもよくわかんないんですけど、なんででしょうね」

 東堂さんは少し考え込むように右手で顎に触れた。それから、真っ直ぐな瞳でオレを見る。

「寂しいのか?」

 寂しい。

 東堂さんの言葉は、何故かオレの中にすとんと落ちてきた。

 寂しい。そうか、これは寂しいのか

 いつまでも明るい世界は、その分終わりを強く感じさせる。楽しかった事も、悲しかった事も、すべて塗りつぶすような闇は必ず訪れる。

 こうやって東堂さんと話している時間も終わり、消えていく。そう考えると、無性に寂しくなった。

「そう、かも」

 オレは今どんな表情をしているのだろう。東堂さんは少し驚いたような顔をしている。

 そんな東堂さんの右手がオレに伸ばされた。その綺麗な指先が、オレの前髪を掬う。そして額に軽い衝撃が走った。一瞬後、自分がデコピンをされたのだと気付く。

「何するんですか」

 むっとして苦情を申し立てると、東堂さんはゆるく笑って見せた。

「寂しいか、良い事だよ。執着する事が出来たのだろう」

 そう言った東堂さんが、オレに背を向ける。寮に帰るのだろう。オレの来た道を戻ろうとする東堂さんの背中に、思わず声を掛けた。ただ、呼び止めたかった。

 それを見抜いたように、笑んだ東堂さんが上半身で振り返る。

「なんだ?」

 寂しいのか? そう言われているようで、何もいえなくなったオレは、ただ「なんでも、ありません」と返した。東堂さんは、そうか、と言って前を向く。

 その背に、手を伸ばした。

 夕日が長く伸ばした影が東堂さんに触れる。そうして思った。

 ああ、オレは、なんの理由も無く貴方に触れたいのか。

 

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