しあわせをきみへ

 出会いと別れはともにやってくる。

 ピカピカした新品の玩具と、壊れてしまったお気に入りの玩具。

 仲良くなったあの子と、卒業したあの人。

 ビニール袋に入ったパジャマと、くたびれてサイズの小さくなったパジャマ。

 そんな幾つもの出会いと別れを繰り返して、また一つ歳を重ねる。

 その着信は零時ぴったりにあった。既に布団に入っていたオレは、寝ぼけ眼のまま携帯のディスプレイを見る。知った名前に通話を繋げると、夜中とは思えない元気な声が響いた。

「ハッピーバースデーや! パーマ先輩!」

「鳴子、うるさい」

 開口一番の祝いの言葉は随分なボリュームで、オレはお礼を言う前に苦情を述べる羽目になる。

「かっかっか、そないなこと言わんと。誕生日くらい、どーんと構えとったらええんですわ」

「そういう問題じゃないんだがな。まあ、ありがとう。お前が一番乗りだよ」

「うっしゃ!」

 恐らく、鳴子は一番初めに祝いの言葉を伝えると決めていたんだろう。鳴子の誕生日を祝った時に、こちらの誕生日を聞かれた。その際に、当日は一番に祝うと息巻いていたからだ。一番が好きな鳴子らしいと思う。

「ほら、満足したらもう寝ろよー。寝坊で遅刻は認めねえぞ」

「なんや冷めとりまんな。まあ、今日はサプライズ用意してますんで、精々驚いて下さいよ。ほな、おやすみなさい」

 一方的にそう告げると、鳴子が電話を切った。サプライズだって。本人にそれを伝えてどうしようというのだろう。

 鳴子の実直さには、思わず笑みが零れた。

 朝。何件か届いていたメールに返信をして、オレは出掛ける準備をした。リビングに向かうと、パジャマの上にエプロンを着けた母がキッチンに立っている。オレがおはようと声を掛けると、振り向いた。

「おはよう。今日は早く帰って来れる?」

「そんなに遅くならないようにするよ」

「そう。ケーキ作っておくわね」

 そう言って、母はリビングのテーブルに朝食を並べる。白ご飯に味噌汁に卵焼き。それに昨日の残り物が添えてある。

「いただきます」

「どうぞ」

 母は笑って、またキッチンに戻った。お弁当を作っているのだろう。のんびりとした鼻歌を聞きながら、オレは朝食をとった。食べ終わる頃には、テーブルの上にお弁当箱の入った巾着が乗せられる。

「ごちそうさま。じゃあ、いってくる」

「うん。いってらっしゃい」

 にこりと笑って、母は玄関先まで見送ってくれた。

 玄関のドアを開けたオレの背に、母の優しい声かかかる。

「十七歳、おめでとう。純太」

「ありがと」

 その声に送り出されて、オレは外に出た。

 何時もより少し早めについた部室には、すでに人の気配があった。誰が来ているのだろう。そう思いながら部室のドアを開けると、ロッカーの前に青八木の姿があった。青八木はすぐにこちらを見て、「おはよう」と挨拶をする。

「おはよ。早いな」

「純太に用があった」

「ん、なんだ?」

 青八木の言葉に、オレは目を瞬かせる。そんなオレを真っ直ぐに見て、青八木は言った。

「誕生日、おめでとう。純太」

 それを言う為だけに早く来たのだろうか。だとしたら嬉しいことだ。

「ありがと。メールでも良かったのに」

 へらりと笑うと、青八木は頭を振って続けた。

「直接言いたい。電話は迷惑だろう」

「流石だな、青八木。鳴子は日付変更とともに掛けてきたぜ」

「後で言っておく」

 ぐっと拳を握りながらの青八木の言葉に、オレは「いいって」と伝えてから青八木の目を見た。向けられた視線に、青八木は真っ向から応える。

「青八木。これからもよろしく」

「ああ」

 オレの言葉に、青八木が少し笑った。

 昼休み。ざわつく教室に黄色い声が混じった。不思議に思って声の方を見ると、教室のドアの外に今泉が居る。なんであいつこんなとこにいんの? そう思っていると、オレと目が合った。小さく頭を下げてくる。

 なんだ、オレに用事か?

 オレは立ち上がり今泉の方に歩いて行った。教室のドア前に溜まった女子に断りを入れて廊下に出ると、今泉の陰に小野田の姿も見える。

「あの、お疲れさまです!」

 小野田が、オレの姿を見て頭を下げた。それに片手で応えて、「二人してどうした?」と尋ねる。

「今日、誕生日だって聞きました」

「ボクたち、お祝いし損ねてたので。こういうのは早い方が良いって、鳴子くんが」

 お昼休みにごめんなさい、と小野田が謝った。そんな小野田の隣で、今泉がごく小さな声で言う。

「誕生日、おめでとうございます」

「おめでとうございます! 今日がいい日になりますように」

 ぶっきらぼうな今泉と満面の笑顔を浮かべる小野田の対比が面白くて、オレは少し吹き出してしまう。小野田はそれを見て不思議そうにした。

「小野田、帰るぞ」

 そんな小野田の背を押して、今泉がこの場から離れようとする。その耳が少し赤い。先程の言葉は今泉なりに頑張ったのだろう。そう思うと、この後輩達が可愛くて仕方ない。

「サンキューな! 今泉、小野田」

 焦るように去っていく2人の背に、オレは声を掛けた。

 全ての授業が終了した後、オレは部室に向かう為に廊下を歩いていた。階段を降りた先の踊り場で、見知った人影を見かけて、思わず声を掛ける。

「田所さん! 金城さん!」

 階段を降りていた二人が、オレの声に気付いて足を止める。それに駆け寄って、オレは小さく頭を下げた。

「お疲れさまです。今から部室ですか?」

「ああ、そうだぜ」

 田所さんがにっと笑う。金城さんは頷いて同意を示した。オレは2人の横に並ぶと、「ご一緒させてください」と申し出た。断る理由も無いだろう二人は、オレの申し出を快く受けてくれる。三人並んで歩く廊下は、少し手狭に感じた。

「そーいや、手嶋。お前今日誕生日だったよな」

「覚えててくれたんですか?」

 田所さんの突然の言葉に、オレは驚いて目を丸くする。すると、金城さんが小さく笑った。

「覚えるも何も、一週間ほど前から口にしていたな」

「金城!」

 叫ぶ田所さんの頬が赤い。田所さんがオレの誕生日を覚えていてくれていた、という事実に、オレの顔が熱くなった。うまく言葉が紡げない。そんなオレを見て、田所さんは大きな手のひらでオレの頭を撫でた。

「まあ、なんだ。おめでとう」

「誕生日おめでとう。手嶋」

「……はいっ! ありがとうございます!」

 田所さんと金城さんの二人に祝われて、オレは満面の笑顔を浮かべた。

 部活の時間になった。オレが今日のメニューを告げ終わると同時に、目の前に来た青八木がオレの手からメニュー表を奪う。

「純太は今日、別メニューだ」

 そう言って、視線で自分の後ろを見るように促した。その視線を追うと、腕を組んだジャージ姿の田所さんの姿が見える。

 田所さんがどうしたんだ? と尋ねようとすると、オレの隣に金城さんが来て肩を叩いた。

「手嶋。お前は田所と勝負だ。後のことは気にせず、全力でやっていい」

「はい? え?」

 突然のことに戸惑うオレに、鳴子が笑いながら言う。

「言うたやろ、誕生日サプライズプレゼントや!」

「そう言うこった。……オレとの勝負がプレゼントじゃ、不満かぁ?」

「不満なんて!」

 田所さんの言葉に反射で応えると、彼はニヤリと笑った。

「なら問題ねぇな。峰々山周回コースだ。最近登り鍛えてんだろ? 根性見せろよ!」

 ざわり、と胸が騒ぐ。田所さんとの勝負。しかもコースは峰が山だ。スプリンターである田所さんには不利といって良いだろう。どくどくと早い鼓動を胸に、オレは田所さんを見た。

「よろしく、お願いします!」

 ガシャン!

 派手な音がしてロードが地面に倒れた。それを気遣う余裕も無く、オレは地に臥して空を仰ぐ。胸が、足が、身体中が痛い。熱い呼気で喉が焼き切れそうだ。ああ、駄目だ、敵わなかった。田所さんの背中は想像以上に大きい。山岳では良い勝負をしていた。だが平坦でそれは簡単に覆された。あまりにも大きな背中に、食らい付いていくのが精一杯だった。だが、千切れることは無かった。なんとか、オレは、田所さんに。

「手嶋」

 オレの傍に、田所さんが来て座り込んだ。オレが視線を向けると、汗だくの田所さんが優しげに笑った。

「強くなったなぁ」

 その言葉に、胸が締め付けられる。熱くなった目頭を両手で押さえつけると、涙が滲み出しそうになった。

「なんや、パーマ先輩泣かされたんですか?」

「鳴子くん!」

 聞こえたのは、鳴子と小野田の声だ。楽しそうに笑う鳴子が続ける。

「で。どうでした? ワイらのプレゼントは」

 きっと鳴子はニヤニヤとした笑みを浮かべていることだろう。それを想像して、目元を覆っていた手をずらすと、想像通りの表情をした鳴子がオレを見下ろしていた。

 笑みは、自然と浮かんだ。

「ハッ! サイコーだよ!」

 出会い、別れ、人はまた年を重ねて行く。

 こんな最高の仲間たちとも、道は別れていくのだろう。

 だけど、出会ったことに後悔だけはしないように、オレの全てで、彼らと向き合いたいと思った。

 

HP開設前

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