巨大な豚の背にベルトで固定するように建てられたとんがり屋根の一軒家を見て、メリオダスは満足げに息を吐いた。
その姿は、賜り物の剣と鎧を売り払ったお陰で身軽なものだ。
大きな豚の背に家を建ててほしい。
そんな突飛な要求に、面白そうだと笑いながら応えてくれたキャメロットの職人には、少し多めの礼金を渡してある。
「さてさてさーて。店の土台は整ったな」
「店って、わざわざおっ母の上に建てる必要があったのか?」
「移動する酒場をやりてえんだ。店ごと町から町へ移動しちまえば、仕入れも便利だし、仕入れ価格も安く済む」
足元の子豚を見下ろして言ったメリオダスは、視線をホークママの顔に向けると呼びかける。
「おーい、ホークママ。土の中に潜ってくれるか?」
呼びかけに応えて、巨大な豚が身震いと共に地中へと潜っていった。
地響きが収まると、メリオダスの目の前に、先程見上げていた一軒家の姿がある。正面の扉から中に入ると、木で作った幾つかの丸テーブルとセットの丸椅子があるホールが広がった。大きな木を削って作った立派なカウンターの奥には、様々な酒瓶を並べられるであろう棚が設置されている。更に奥にはキッチンが広がっていた。
「おお、いい感じ」
メリオダスは楽しげに家の中を見回った。一通り見終わって一階に戻ってくると、ホールで待っていたホークが近寄ってくる。
「見物は終わったのか?」
「ああ、一通りな」
「なら飯にしようぜ。腹減っちまった」
「お前さっき町で残飯漁ってなかったか?」
「何時の話だよ」
ほんの数時間前の話だったと思うのだが、この子豚は既に空腹らしい。しかし、飲食店を営むと決めた以上、連れの豚が町で残飯を漁っているなどという噂が立っては面倒なことになる。所謂イメージダウンというやつだ。
「よし、今後お前の食事は俺が作ってやる」
名案だとばかりに手を打って言うと、ホークが驚いたような声を上げた。
「お前、飯なんて作れるのか?」
「作れるぞ」
さらりと答えると、子豚は少し興奮したように鼻息を荒くする。
「なら、このホーク様が味見してやろうじゃねえか!」
「おう。じゃあちょっと待ってろ」
そう言うと、メリオダスは、新築祝いにと貰った食材の入った籠を抱えてキッチンに向かった。
「お。おおおおおおお!」
「お待ちどうさま! メリオダス特製、あーっと、ただの炒め物だ」
目の前に置かれた料理を見て、ホークは興奮の声を上げた。なにせこちとら残飯で生きている。こんな見目の整った料理などお目にかかったことが無いのだ。手頃な大きさにカットされた食材は、程よく油が回って艶っぽい。彩りを考えられた盛りつけは、美しかった。
「こ、これは……」
「気に入らねえか?」
手近な椅子に座り、机に頬杖をついて尋ねるメリオダスに、ぶんぶんと頭を振る。
「た、食べていいんだな!?」
「お前の為に作ったんだから、どーぞ」
その言葉に、大口を開けて皿の上の料理に齧り付く。
次の瞬間。
「んぐっ!?」
足の先まで痺れるような味覚への攻撃に、その場で飛び上がった。
不味い。劇的に不味い。今まで食べたどんな残飯よりも不味かった。あの美味そうな見た目でどうやればこれだけ破壊的な味が想像出来るだろうか。いや、ない。無理。それでも一度口に入れた物を吐き出す等プライドに関わる。その一心で、ホークは口の中の物を飲み込んだ。
「どーだ?」
「ど、どーだ?じゃねえよ! お前メチャメチャ料理ヘタクソじゃねえか! というか、どうやればこんな不味さになるんだ!? 食材の味はどこいった!?」
「作れるとは言ったが、美味いとは一言も言ってないだろ」
にやりと笑って答えるメリオダスを見て、気の遠くなるような思いがする。
「ちょっとまて。お前、酒場やるって言ってなかったか?」
「ああ、やる」
「食事も出すのか?」
「そのつもりだ」
「じゃあ、料理人は雇うんだな?」
「いや、オレが作る」
「これで金取る気か!?」
全力の突っ込みに、しかしメリオダスは軽い調子で「おう」と答えた。それに頭が痛くなる。こんな不味い物を客に出すだなんて、一体何を考えているのだろうか。酒に酔うという感覚はわからないが、つまみがこれではせっかくの酔いも醒めるに違いない。店としてまともに経営が続けられるのだろうか。そんな心配までしてしまう。
「大丈夫さ。それより、もう食わねーの?」
「……俺様を舐めるなよ! 食べるに決まってんだろ!」
噛み付くように言って、見目だけは美味そうな料理を掻き込むように食べる。やはり不味い。だが、このホーク様に食べられない料理など無いのだ。なにせ、俺様は世界の残版を食べ尽くす豚。食材の味をとことんまでマイナスに引き出した料理といえど、残すなどという選択肢は無い。
「……本当に食べ切ったな」
皿を空にすると、感心したような声が落ちてきた。見上げると、メリオダスが驚いたような顔をしている。
「俺様に食べられない残飯はねえぜ!」
「人の料理を残飯呼ばわりかよ」
彼は楽しそうに笑って、ホークの頭を二三度軽く叩いた。それから、にっと笑って言う。
「決めた。ホーク、お前は今日からうちの残飯処理係だ」
「勝手に決めるんじゃねえ! ……でもまあ、どうしてもっつーなら任されてやらんこともないぜ」
咄嗟に反論したものの、すぐに了承の姿勢を見せた。ホークにとって、母豚以外の誰かと共に在ることは初めてのことだし、こうやって役割を与えられることも初めてだったからだ。
「おう。頼んだぜ、相棒」
「……お、おう!」
メリオダスの発した相棒という言葉の意味はよくわからなかったが、ホークは何故かとてもむず痒い気持ちになった。
それはきっと、初めての感情だ。