アーサーは基本的に駆け引きや嘘は苦手だった。人と対話するときは出来るだけ正直であろうと心掛けでいたし、無理強いなどしたくはなかった。だから、メリオダスに聖騎士長の話を遠回しに蹴られた時すら、非常に残念に思いながらも引き下がったのだ。とはいえ、一度は色よい返事をしてくれたのだから、何時かはあの時の願いに応えてくれるかもしれないという期待も持っている。
そんなアーサーは、今の状況を上手く処理出来ないでいた。
「あの……。メリオダス殿は何用で我が国までいらしたのでしょう?」
思わず尋ねた言葉に、キャメロットに滞在して七日目になるメリオダスが城主を見た。既に日も暮れた部屋にはランプの明かりが灯り、優しく辺りを照らしている。ここはメリオダスの為に用意した客室でなく、アーサーの居室だ。だが、この客人は、まるで部屋の主であるかのように、ベッドに寝転がって本を読んでいる。
「マーリンに用があったって、言わなかったか?」
「聞きましたね。……七日前に」
「なんだ、迷惑そうな口ぶりだな」
かけ声とともに、メリオダスが体を起こした。ベッドの端に座り直すと、首を傾げてアーサーを見る。
「迷惑だなんて、そんなことは」
「なら、いいだろ」
メリオダスはそう言って笑うと、座った自分の左隣を叩いた。隣に座ることを促されて、釈然としないまま彼の隣に腰掛ける。するとメリオダスは、座ったアーサーの膝の上に頭を横たえた。そして何事も無かったかのように読書を再開する。
「……何かあったんですか?」
「なんでもない」
このやり取りも、すでに七回目になる。最初は驚いて、どぎまぎしていた。アーサーは、少なからずメリオダスに対して好意を抱いている自覚がある。それはまだ淡い心だったが、それでも好意的に思っている相手に所謂膝枕を要求され、冷静に居られる程大人ではなかった。最初のうちはただ固まるばかりだったが、そんなアーサーを気にした風も無く読書をするメリオダスの様子に、次第に固さは取れていった。
この客人が好きに動くなら、自分も好きにすれば良いのだ。そう思ったのは何日目だったろうか。
アーサーは小さく息を吐くと、膝の上に乗った頭に手を伸ばした。読書の邪魔にならないように、左手でメリオダスの金髪を梳く。決して柔らかいとは言えないその感触を愉しんでいると、彼の瞳が自分を見た。
「それ、楽しいか」
それと問われて、一瞬何のことだかわからなかった。アーサーの行為はなかば無意識なものだったからだ。気付いて、その手を止める。
「不愉快でしたか?」
「……いや」
メリオダスは一拍置いて、その目を細め、口元に笑みを浮かべた。
「ちっと、くすぐってえな」
至近距離の柔らかな笑みに、アーサーの心臓が跳ねる。うろたえるように視線を彷徨わせると、メリオダスが左手を伸ばして頬に触れてきた。
「お前、なんで連日ここに居るのかは聞かねえんだな」
「ええと、お尋ねしても良いのでしょうか?」
優しく頬を撫でてくる客人に、自身の頬が熱くなるのを感じた。どうしていいのか全く解らないでいると、頬を撫でていたメリオダスの手がアーサーの鼻先を突いた。
「お前のそういう気遣いは、好きだぜ」
その言葉に、頬と言わず全身が熱くなるように感じた。早鐘を打つ心臓をどうすることも出来ない。彼の言葉はアーサーの見せた気遣いに向けられたものだ。そうわかっていても、好意的に想っている人からの『好き』という言葉は心を揺さぶる。そんなことを言われては、心の内にあるものが溢れてしまう。
「わ、たしは……、好き、です」
「何が?」
「多分、貴方が」
優しい声に促されて答えると、メリオダスが可笑しそうに笑った。「おしいな」と呟いて続ける。
「多分が取れたら及第点ってとこか」
意味が分からずに困惑していると、彼は一度目を閉じて再び開いた。その視線は真っ直ぐにアーサーを貫く。
「好きだぜ」
「……え」
メリオダスが口にした言葉に、アーサーは目を見開き驚いた。今、彼はなんと言ったのだ。完全に思考停止してしまった頭をなんとか働かせようと右手で頬を叩く。
「なんてな。ただの冗談だから気にすんな」
そう言って、メリオダスは体を起こした。そのまま本を片手にベッドから立ち上がる。ああ、このままでは彼が立ち去ってしまう。そう思うと、アーサーの体は無意識に動いていた。両手を広げて自分より小さな体を包むと、力を込めて抱きしめる。相手の肩口に顔を埋めて、言った。
「私はメリオダス殿が好きです」
はっきりと響いた言葉に、メリオダスは肩口にあるアーサーの頭を撫でる。
「仕方ねえから、満点つけてやる」
その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。