目を覚まして彼を見た時、その大きな瞳がとても綺麗だと思った。緑の葉が陽光に透ける、その透明な色。ほんの一瞬見とれていて、胸への違和感に気付くのが遅れた。ちらりと視線を下にやると、他人の手が私の胸を、その、揉んでいる気がする。目前を見ると綺麗な瞳の少年の姿。

 目覚めたばかりの頭は上手く動いてくれなくて、何かを言うべき口からは特に意味の無い呼びかけが漏れる。すると彼は、「動悸にも異常なし」と言った。幼い見た目とは裏腹に、お医者様なのだろうか。わからない。けれど、とりあえずお礼を言った方が良いのだろうと思って、「ありがとうございます」と口にした。

 それが、私の探していた希望の光との出会いだと気付くのには、もう少しの時間を必要とする。

 

 <七つの大罪>。

 リオネス国王が結成した異例中の異例である騎士団。団員は七名。みな罪人。体のどこかに罪の証として動物の刻印を与えられた彼らは、ある時、不意に牙をむいた。当時の聖騎士長であるザラトラスを殺害。国中の聖騎士が現場を囲むも逃げきられ、指名手配となった。

 それが、私が知っている彼らのこと。

 けれど、私にはそれが真実だとは思えなかった。だって、彼は事情も知らぬ他人の私を助けてくれたから。

 <七つの大罪>が団長、憤怒の罪のメリオダス。

 子どものようにしか見えない彼は、大人よりも冷静で動じない、落ち着いた態度の人だった。一体何処に憤怒の要素があるのだろうと不思議に思うくらい、優しい人だと思う。

 そんな彼に任された看板娘と言う仕事一つも満足にこなせない私は、本当にどうしようもない。

 バーニャの村の近くに店を構えた<豚の帽子>亭。私は今、そのすぐ傍の草むらに座り、膝を抱えて情けなさと悲しさに襲われている。と、ドアの開く音が聞こえた。カンカンと短い階段を降りる音。見やると、そこには空を見上げるメリオダス様の姿があった。仕事を途中で放って出て来てしまったのだ。きっと怒っているに違いない。謝らなければ、と思うのに、視線を落とした私の口からは弱音ばかりがぽろぽろ零れる。だというのに、彼は怒りもせずに慰めの言葉をくれた。それが、余計に悲しくてスカートの裾を握り込む。王女だなんていわれても、私には何も出来ないのだ。聖騎士から民を守る力もない。そう告げれば、メリオダス様は笑って私を見た。

「でも、オレを見つけたろ」

 その言葉に、目を見開く。

 お前が皆を守りたいと思って、オレを見つけなければ何も始まらなかった。

 それは、今の私をそのままに受け止めて、認めてくれる言葉だ。今の私が、一番欲しかった言葉。

 ああ、やはり彼は、泣きたくなるくらい優しい人だ。こんなに優しい人が王国転覆を計る筈が無い。皆が信じている事は事実ではないのだ。

 きっと、この人と一緒なら聖騎士の横暴を止められる。

 そう、この時私は確信した。

 

 白夢の森で、嫉妬の罪のディアンヌ様と出会い、強襲したギルサンダーによって蹴り飛ばされたホークちゃんを追いかけ、連れて戻ってみれば、メリオダス様は肩に深い傷を負っていた。ギルサンダーの姿はもう無い。私がこの場を離れているうちに何があったのかはわからない。切り傷を負った彼は平気そうな顔をしている。まるで傷など無いかのように振る舞うのだ。私達は白夢の森を出て、取り急ぎその場を離れる。メリオダス様はディアンヌ様の肩に乗り、二人で何やら話し込んでいた。その間も、私は気が気ではなかった。だって、あんなに血が出ているのだ。すぐにでもお医者様に見てもらい、傷が治るまで安静にするべきだろう。だというのに、彼はホークママの背に戻ってくるなり、次はバステ監獄へ向かうと言う。行く先には勿論、聖騎士が待ち構えているだろう。思わず、その言葉に反対した。すると、メリオダス様はふざけたあとに笑って言った。

「心配すんな。なんともねーから」

 その言葉が、何故か妙に説得力があって反論を押さえ込まれてしまう。室内に消える背中を見送ったあと、はっと気付いて白夢の森で拾った鞘を手に扉を開いた。

 そして、見る。

 入り口を入ってすぐの床に、倒れ臥すメリオダス様を。

 言葉を無くし、駆け寄って跪く。うつ伏せに倒れる彼の体を仰向けにするように抱き寄せた。呼吸はある。生きている。けれども失血は止まらない。目を伏せて表情を無くした彼の頬に触れた。温かい。しかし、このままにしてはきっとこの温かさも無くなってしまう。そこまで考えて、ひやりと冷たいものが臓腑を撫でた。

「待って……」

 体の心から、震えが来る。

「メリオダス、様」

 私の望みがゆえに大きな傷を負い、死へ向かおうとする人を目の前に、あまりの恐ろしさに一瞬目の前が暗くなる。

「エリザベスちゃん……って、メリオダス!?」

 ホークちゃんの声に、はっと意識を取り戻す。そうだ、自失している暇など無い。早く、お医者様に治療してもらわなければ。大丈夫。きっと、大丈夫。

「ホークちゃん! 外に運ぶのを手伝って! ディアンヌ様に頼んで、メリオダス様を近くの町のお医者様の所へ!」

「お、おう!」

 彼をホークちゃんと店の外に運びながら、私は必死に唇を噛み締めて願う。

 私の光。私の希望。どうか望みを絶たせないで。

 

2016/05/21

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