暗い闇の中、自分を呼ぶ誰かの声が聞こえた。
「メリオダス! おい、メリオダス起きろ!」
「んん」
微睡みが心地よくて、メリオダスはその声から逃れるように寝返りを打つ。青草と土の香りが一層強くなったことから、自分が地面に横たわっているのが分かった。
「暢気に居眠りしてんじゃねーよ!」
「……うるせぇぞ、ホーク」
「はあ? 誰がポークだ!」
怒鳴り声と共に、バサバサッと音がする。何の音だと思い薄く目を開けると、目前には大きな嘴を持つカラフルな鳥が居た。その姿を、自分は知っている。
「ワン……ドル?」
「なんだ、そのお化けでも見たような顔は!」
「いや、え? お前、ワンドルか?」
「何に見えんだよ」
「……豚。いて! ちょ、やめろワンドル」
その返答を聞いたワンドルは、嘴でメリオダスの額を突き始める。慌てて起き上がって逃れると、しれっと頭の上に飛び乗って来た。
「そろそろ俺様のメシの時間だぜ」
「……おー」
「しゃきっとしねえな。もう一度嘴を食らうか?」
「それは遠慮する」
即答して、立ち上がる。辺りを見渡すと、そこはダナフォールの城下町から少し離れた所にある丘だった。懐かしい景色に瞬きをくり返す。いや、懐かしいという表現はおかしい筈だ。ここからはダナフォールの町並みが見える。頭の上にはワンドルが居る。と、いうことは、自分は長く深い夢を見ていただけなのかもしれない。その証拠に、夢の内容はもう朧げに輪郭を崩している。
「変な夢だったな」
「一体何の夢を見てたんだ?」
問われて考える。どんなの夢だっただろうか。記憶はどんどん溶けて消えていく。何の、と問われても答えることが困難な程に。
「よくわからねえ」
「もう忘れたのかよ」
呆れたワンドルの声に、苦笑する。
「内容は忘れちまったけど……なんとなく、この辺が温かくなるような夢だ」
「それじゃわかんねえよ」
胸元を押さえて言うメリオダスを、ワンドルは一言で切り捨てた。それがおかしくて笑う。
「だよなあ。オレもわかんねえ」
「ついにボケちまったか」
「ああ、そうみてーだ。お前のメシはもうやった気がするぞ」
「スミマセンでした」
「よろしい」
軽口を叩き合いながら、一人と一匹は丘を下った。
夢の記憶は、黒い絵の具をぶちまけたように塗りつぶされていく。
メリオダスの記憶から零れ落ちた欠片達は、再びの出会いを待ち望むかのように、暗い闇の中できらきらと輝いていた。
彼の道行きを、照らすかのように。