緩行

 

 月が綺麗な夜のこと。メリオダスはリオネスの城下町から離れた一軒家を尋ねた。平原の、街道から少し外れた所にぽつんとある家は真新しい。それ故に、どこか人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。玄関の呼び鈴を鳴らすと、すぐに扉は開いた。

「ようこそ、団長」

 中から出て来たのは、<七つの大罪>の一員であるエスカノールだ。彼は笑ってメリオダスを家内へ招き入れる。

「お邪魔しまーす」

 そう言って家の中に入る。玄関を入ってすぐに、ダイニングルームが広がった。深いダークレッドを基調とした家具が、品良く飾られている。

 ここは、エスカノールがその建築段階から関わり、最近完成した彼の家だった。

 基本的に<七つの大罪>メンバーには、城に比較的近い場所に、寝泊まりも出来る本拠地が与えられている。普段は魔術研究館に籠っていることの多いマーリンはさておき、他のメンバーは皆そこで生活をしていた。住む場所があるのに、わざわざ城下町の外に家を建てたエスカノールの心の内はわからない。しかし、こうやって綺麗に整えられた部屋を見ると、悪くはないことかと思う。

「ほい。新築祝い、持って来たぞ」

 そう言って片手に持った酒瓶を差し出す。彼はそれを受け取って礼を告げ、メリオダスを案内するように先に立った。

「では、二階にご案内しますね」

「二階?」

 こんなに立派なダイニングルームがあるのに、何故二階へ案内するのだろう。首を傾げると、エスカノールは少し笑って、「お見せしたいものがあるんです」と言った。そうして、案内されるままに階段を昇る。その先に広がった部屋には、小さいが立派なバーカウンターと、二脚のカウンターチェアが設置されていた。近付いてみると、カウンターの中には酒棚が作られており、まだ空きが目立つものの様々な酒瓶が並んでいた。

「おー。こりゃすげえな」

 素直に褒めると、彼が照れたように頬を掻いた。

「その、憧れていたのですよ。酒場の店主に」

「じゃあ、もしかしてオレがお客第一号か?」

「いえ! 本当の酒場ではないので。でも、そうだな。新居ですから、そうなるのかな」

 まごまごとしながら言う彼の背をぱんっと叩く。たたらを踏んだエスカノールに向かって笑った。

「じゃあ、もてなして貰おうかね。店主」

「はい!」

 そう言ってカウンターチェアに座ると、店主はカウンターの中に入って酒棚から酒をセレクトする。

「美味しいウイスキーがあるのですよ」

 そう言って彼は笑い、カウンター上に出した丸いグラスに、琥珀色の液体を四分の一程度注ぐ。それと共に、乾物のつまみも小皿に出してくれた。

「どうぞ」

 勧められてグラスを手に取る。豊かな香りを楽しんでから口をつけると、果実のような爽やかな甘みが広がった。

「美味い」

「でしょう?」

「つまみとも合うな」

 小皿のつまみを口にしてからもう一口飲むと、先程より強く風味が感じられる。メリオダスの満足そうな表情に、エスカノールも嬉しそうに言った。

「最近、色々と試しているんです。お酒と相性のいいつまみなんかを」

「店で出されるのと遜色ねえレベルだ。いっそ本当に店を出したらいいんじゃねえか?」

「はは。僕に店主が勤まるかどうか。自信はありませんが、そうですね……暇が出来たら、いつか……」

 照れくさそうに彼が告げる。

 何かと後ろ向きな彼がそう口にする辺り、それなりに本気で考えているのだろう。喜ばしいことだと思い、笑った。

 暫しの間、店主と客のまねごとをした後、メリオダスはエスカノールに隣に座るように言った。それに従ってカウンターチェアに座った彼は、メリオダスが持って来た酒を開封する。用意したグラスに注いで、二人でグラスを掲げた。

「これは……」

「美味いだろ? 酒を選ぶことに関しては自信があるんだ」

「ええ、とても美味しいです。お店を持ったら、メニューに加えておきたい一品だなあ」

 笑みを浮かべてエスカノールが答える。

「そうだな。お前が店を持つんなら、オレも店を持ってみようかなあ」

「え! 団長が!?」

 驚きの声を上げた彼に、メリオダスは半眼で「何か言いたいことが?」と尋ねた。それに、「え」とか「う」とか言うエスカノールを見る。彼は視線を逸らしながら続けた。

「酒場とはいえ、一応飲食店なので……。あ、バンさんを誘えばどうでしょう?」

「それはつまりオレの料理が食えたもんじゃないってことかね」

「いえ、あの! ……えっとですね」

 困りきったように後ろ頭を掻いて冷や汗を流すエスカノール。その背を叩いて、メリオダスはにやりと笑った。

「気にすんなって! 事実だからな。まあでも、そうだな。バンを料理長に迎えて、オレが酒を厳選すればいい店になりそうだ。ここをクビになったら、そうするのもいいかもな」

 そう言ってグラスを傾ける。すると彼は安心したように胸をなで下ろした。そうしてグラスの酒に口をつける。

「……僕が、お店を持てたら。是非飲みにきてくださいね」

「おう、お前もオレが店持ったら飲みに来いよ」

「はい。勿論」

 笑みを交わして、二人はお互いのグラスをかちりと合わせた。

 

2016/02/20

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