その日、ヘンドリクセンは部下の結婚式に出席をしていた。
剣の腕も良く、今後が楽しみな部下の花嫁は、凛とした雰囲気の美しい人だ。ああ、いい人と出会えたんだな、と、見ていて心が温まった。彼と彼女の幸せを、心から願って、ヘンドリクセンは若い二人を祝福した。
式の後の宴会では、祝いの席ということもあり酒を飲んだ。それでも数杯で自重が働いたのは、ドレファスから「お前は酒に強くないのだから、俺の居ない所ではあまり飲むな」と言われていたからだ。
少し早めに宴会を抜け出して、城下町を歩く。夜風が火照った頬に心地よかった。
ああ、しかし恋愛結婚とは幸せなことだなあ、と思う。
酒と祝い事でふわふわとした気分になり歩いていると、不意に誰かに背を叩かれた。誰だろうと思って振り返った視界の下に、ちらりと金色が見える。視線を下げると、金髪の少年が居た。彼はにっと笑って「よお、ヘンドリクセン。綺麗な格好してんな」と言った。その声と姿には覚えがある。<七つの大罪>団長、メリオダスだ。
「メリオダス殿。お一人ですか?」
「いんや。さっきまでバンも一緒に居たぞ。めんどくせえ酔い方したから置いて来た」
「お店にですか?」
「いや、路上に」
さらりと答えたメリオダスは。ヘンドリクセンはじろじろと観察する。その視線を不思議に思って首を傾げると、おかしそうに笑われた。
「どこかの帰りか?」
「はい。部下の結婚式がありまして」
「おお、そりゃめでたいな」
「ええ、とても良い式でした」
式で幸せそうに笑い合っていた新郎新婦を思い出しながら、笑みを浮かべる。吐息と共に言葉を吐き出した。
「いつか自分も、ああいう結婚式をしたいものです」
「へえ。お前、結婚願望あったのか」
「好きな人と一緒になるのは、憧れます」
意外そうな声を出すメリオダスに向けて答えた言葉に嘘は無い。
ヘンドリクセンの周囲には、幸せそうな家庭を築いている者達が多い。その筆頭はドレファスだ。今日は結婚記念日だからと、早めに家に帰る彼の姿を見ていると、結婚というものはとても幸せなことなのだろうと思える。
「誰かいい奴でもいるのか?」
「好きになる人はいるのですが、上手く行かなくて」
苦笑いを浮かべながら答えた。
そう、上手く行かないのだ。皆が結婚したり、そうでなくても付き合っている人の居る中、まともに誰かとお付き合いをしたことが無いのはヘンドリクセン一人だった。特別女性が苦手な訳ではないのだが、どうも女性の心というものがわからないのだ。
「ふむ。……よっし、採点してやるから、試しにオレを口説いてみろ」
「へ? 採点……ですか?」
「ああ。だってお前、顔はいいし、紳士的だし、職業聖騎士だろ? 条件は揃っているんだ。駄目だとしたら口説き方だろ。オレをいいなーと思っている女だと思って、ちょっとやってみろ」
言われて成る程と思う。自分がそこまで褒められる人間であるかはさておき、口説き方がなっていないと言われればそうなのかもしれない。自分ではおかしなことをしているつもりはなくても、他人から見れば妙なことをしている可能性はある。何せ口説き方など誰かに教われることでもないからだ。流石メリオダス殿だ。そう思いながら頷いた。
「では」
「おう」
彼を真っ直ぐに見て、真剣な表情で言う。
「結婚してください!」
「……は?」
ヘンドリクセンの思う、最高の口説き文句を聞いたメリオダスは、意味が分からないといったような顔をした。
「おいおい、ヘンドリクセン。オレは『いいなーって思っている女を口説け』って言ったよな?」
「は、はい!」
「なんで結婚なんて単語が出てくるんだよ」
何が悪いのかが分からず、困惑した表情を浮かべる。それを見たメリオダスは、後ろ頭をがしがしと掻いてから言った。
「あー。……お前、その相手のことをどのくらい知ってる?」
問われて浮かぶのは、一年ほど前に振られた相手だ。長い黒髪がよく似合う綺麗な人だった。穏やかな雰囲気の人で、きっといい関係を築けると思った相手だった。けれど、知っている事はごく僅かだ。
「名前と、読書が好きなことと、彼女が良く来るお店を知っています」
「じゃあ、相手はお前のことどのくらい知ってる?」
「自己紹介はしましたが……」
それが何の関係があるのだろう。すると彼は人差し指を突きつけてくる。
「名前しか知らねえ奴からいきなり結婚してくださいって言われても困るだろ。結婚の話は置いておいて、まずは親しくなることを考えろ」
「親しく……?」
首を傾げておうむ返しすると、メリオダスは困ったような顔をした。視線を中空に泳がせて何か考える素振りをする。
「……まあ、そのうち、お前に合う奴が見つかるさ」
その言葉は、ドレファスにも言われたことがあった。
「そう、でしょうか」
「お前がしたいのは恋愛結婚なんだろ? だったら、無理しても仕方ねえよ」
からりと笑う彼の言葉に、不思議とそのような気がしてくる。
「はい、わかりました。精進します!」
「肩の力は抜いとけ。気負ってもなにも良いことねえぞ」
「そうですね。ありがとうございます」
笑顔で礼を告げると、メリオダスがひらひらと手を振って歩き出した。
「じゃ、オレはもう一件寄るからこの辺でな」
「ええ。おやすみなさい」
彼を見送りながら、『親しくなる』ことについて考える。同僚や、他の騎士達とはそれなりに親しく出来ているつもりだ。しかし、こと女性のこととなると何をすべきなのかが浮かんで来ない。こういう時は、やはり既婚者に話を聞くべきだろう。明日、ドレファスに聞いてみよう。
そう結論を出して、ヘンドリクセンは再び帰路を歩み始めた。