メリオダスとリズが訪れた町には、あちらこちらに色とりどりの花々が飾られていた。名も知らぬ花だが、こうして彩りよく飾り付けられていると、素直に綺麗だなと思う。
「こんにちは! どうぞ!」
声のした方を見れば、手籠一杯に花を詰めた少女が、リズに一輪の花を差し出している。
「あ、……ありがとう」
彼女は戸惑いながらもその花を受け取った。少女はにこりと笑って、「楽しんでいってくださいね」と言って去っていった。
この町では、現在、年に一度の花祭りが行われているのだ。行き交う人々はみな楽しげで、明るい表情をしている。
「……どうして、こんな所に連れて来た」
そんな中、低い声で言ったリズの表情は固い。警戒心の滲む目でメリオダスを睨んでいる。敵対心丸出しのその視線を受け流して、答えた。
「ずっと家の中じゃ、気分が腐っちまうだろ?」
「捕虜を連れ出すなんて、頭がおかしいのか?」
そう、彼女は現在、処分保留のままメリオダスの家に拘束されていた。本来ならこうして外に連れ出す事は咎められる行為だ。
「だから、ナイショな」
人差し指を口元に当てて、真面目な顔をしてみせると、彼女が眉根を寄せる。
「どうしてお前のような緩い人間が聖騎士長になれるんだ」
「そりゃどうも」
「褒めてない!」
思わず声を荒げたリズを、気にすることもなく歩いていく。
本当に訳が分からない、とリズは思った。このまま後ろから襲いかかると思わないのか。それとも、背後から襲いかかられようとも防げる自信があるのか。
悔しさに歯噛みするリズの少し前で、メリオダスが立ち止まった。その視線の先には酒樽の並ぶ店がある。
「へえ。花を漬け込んだ酒か。こりゃ美味そうだ」
「ああ、ウチの自慢の一品だ。一杯どうだい?」
店主らしき人物の言葉に、メリオダスが銀貨を差し出す。カップに注がれた酒を受け取って、一口飲んだ。柔らかな花の香りが心地よい。
「美味い」
「だろう? ほれ、連れの嬢ちゃんも」
そう言って渡されたカップを反射的に受け取ってしまったリズは、ほんの少し迷った後、ぐいっと一気に呷った。
「おお、こりゃいい飲みっぷりだ。どうだい、もう一杯。美人さんには特別サービスだ」
「あ。……はい」
にこにこと満面の笑みを浮かべる店主に負けたのか、彼女は空になったカップを差し出す。店主はそこになみなみと酒を注いだ。
リズは、今度は味わうようにゆっくり口に含む。
「……ほどよい甘さが飲みやすい、です」
彼女の言葉に、店主が「そうだろう、そうだろう」と心から嬉しそうに頷く。それにつられるように、リズも柔らかな笑顔を見せた。
それを見て笑みを浮かべていると、ふと彼女と視線が合った。とたんに表情を引き締めて視線を逸らすリズに、苦笑する。
それから二人は、様々な店を巡り歩いた。
花をかたどった小物が並ぶ店を覗き、小腹が空いたとサンドイッチを買って食べ、沢山の本が並ぶ店に立ち寄る。
リズは最初こそ、つっけんどんな態度だったが、最初に飲んだ酒が回って気が緩んだのか、時折楽しげな笑みを見せるようになった。
笑った後、そんな自分に気付いて、ふいと顔を逸らす様子は愛らしい。
メリオダスはそれに気付かない振りをしてやりながら、彼女を連れ歩く。
そうして時を過ごすうち、この町に来た時は真上にあった太陽は、いつの間にか傾いでいた。もう二時間程すれば、太陽が沈んで暗くなる。それまでには帰らねばならない。
そっと、隣を歩くリズの様子を窺った。花の匂いのする風に、明るい赤紫の髪を揺らし、道々に並ぶ店や花を見ているその表情は晴れやかだ。
そろそろ行くぞ。
その一言を告げるのが惜しい、と思ってしまう。
立ち止まったメリオダスに気付いて、リズが振り返る。まっすぐこちらに向かって歩いて来て、言った。
「もう時間なんだろ」
「……そうだな。帰るぞ」
そのまま町の中央から離れる。町の外に出た所で、リズが振り返って言った。
「いい町だな」
独り言のように零したリズに、頷いてみせる。
彼女は立ち止まり、落ち着いた声で問うた。
「なあ。本当に気分転換の為だけに、ここに連れて来たのか?」
再びくり返された質問。しかし、その声に敵対心は無い。純粋な疑問の言葉だった。
「最初にそう言っただろ? お前ずっと固い表情して籠ってるし、少しくらい外に出なきゃ気が滅入っちまう」
その返答に、リズはほんの少し目を伏せ、視線を合わせないままで言った。
「そうか。やはり聖騎士長としてどうかと思うが。……ありがとう」
「どういたしまして」
素直な言葉に、メリオダスは目を細めて笑う。やはり連れて来て正解だったと思った。
捕縛されて以来、自分を殺せと険しい表情ばかりしていた彼女だったが、この町に来てからは柔らかな笑顔まで見せている。
窺い知る事の出来たリズの素顔に、同じ騎士団に所属する仲間達を思い浮かべた。
これなら、あいつらとも上手くやっていけるだろうと。
そうして二人は、帰路についた。