メリオダスの目の前には、沢山のぬいぐるみに囲まれて気持ち良さそうに眠るバンの姿があった。
またやったのか、と呆れを含んだ視線で彼を見る。そのすぐ傍には、太った中年男の姿があった。涙ぐみ、酷いよと呟きながら、一つ一つのぬいぐるみの状態を確認しているのはキングだ。ぬいぐるみにほつれている所があれば繕い、可愛らしくリボンを巻く。まるで職人のような仕事振りだ。
その様子を何をするでもなく見ていると、キングがクマのぬいぐるみを手に固まった。
「……この子……うん、やっぱりそうだ。バンってば」
「どうした、キング」
呆れたようにため息を吐く彼に、声を掛ける。するとキングはメリオダスを見て、クマのぬいぐるみを前に突き出した。
「これ、末の王女様のぬいぐるみだよ」
言われて、彼の持つぬいぐるみを見る。上質そうな生地で作られたそのクマは、ベロアのリボンを巻いていた。
「王女様のものまで盗むだなんて!」
「こいつ、見境ないからなぁ」
メリオダスは眠るバンを見ながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「しかし、よく持ち主がわかるな?」
前回同じ事があった時、ぬいぐるみに名前が書いてある訳でもないのに、キングは正確に持ち主の元にそれを返していた。今回だって、クマのぬいぐるみが王女の物だと見ただけで言い当てている。
「ぬいぐるみは生き物の形をしているから、魂の色が染み付きやすいんだ。持ち主が大事にしていたり、想いを込めて贈られたものなら、なおさらね。だから、持ち主との繋がりがうっすら見えるんだよ」
彼は、クマのぬいぐるみを優しい目で見つめて、少しだけ緩くなっていたリボンを結び直した。よくある蝶蝶結びではなく、少し複雑な飾り結びにしている。
メリオダスの脳裏に、リボンの巻き方が変わっているのを見て嬉しそうな笑顔を浮かべる幼い王女の姿が浮かんだ。彼女はきっと、朝一番に父や姉に見せて回るだろう。
「それを勝手に連れてくるだなんて、全く何を考えているんだろう」
ぶつぶつと言いながらも、キングの手は優しくぬいぐるみ達を癒していく。その愛情にあふれた手つきを見ながら、メリオダスは呟いた。
「まあ、わからなくもないけどな」
「え?」
何を言ったのか聞き取れなかったらしい彼が聞き返してくる。それにうっすら笑みを浮かべながら言った。
「キングは優しいって言ったんだよ」
「そっ、そうかな? でも、人が大事にしているものを盗まないって、当たり前の事だと思うよ」
ほんの少し照れたように頬を赤くしたキングに、メリオダスは心の内で思う。それを当たり前と言えることが、彼がどれだけ優しくて全うな人格の持ち主であるかをよく表していると。
全てのぬいぐるみを点検し終えたキングが、大きな袋にそれらを詰めて立ち上がった。
「よし。じゃあ、返してくるね」
そう言って部屋を出て行こうとする。だが、先程王女のものだと言っていた
クマのぬいぐるみだけはその場に置かれたままだ。
「こいつは?」
それを指差して尋ねる。
「この子、王女様の部屋にいたと思うんだ。だから、城下の子ども達に返し終わった後で届けにいくよ」
「王女様の物なら警備に渡しときゃいいだろ」
「そうはいかないよ。彼女が目覚めた時に、この子が傍にいないと悲しい思いをさせてしまう」
その言葉に、メリオダスは少し考えて申し出る。
「何なら、オレが届けてやろうか?」
「本当? 行ってくれるなら助かるけど、いいの?」
「ああ、どうせこの後は寝るだけだしな。その前にきっちり返して来てやるよ」
そう言うとキングはありがとうと顔を綻ばせた。そんな彼を見送ってから、取り残されたぬいぐるみを手に取る。
「しかし、バンもエリザベスのぬいぐるみを盗るとはなぁ」
手にしたぬいぐるみは、手触りも良く、柔らかな雰囲気を持っていた。
父か、姉か。近しい人が、それは思いを込めて贈ったのだろう。
大切に、愛おしみを受けた証であるぬいぐるみ。
手の中のそれを見下ろしてから、幸せそうな顔をして眠るバンに視線を向ける。
「愛情が込められたものほど手に入れたくなる。そこはオレも同じか」
ふっと笑って、メリオダスはぬいぐるみを片手に部屋を後にした。