その日、<豚の帽子>亭では、とある家族がささやかなパーティーを開いていた。
なんでも、母親の誕生日なのだという。いつも美味しい料理を作ってくれるお母さんにお礼するんだ。そう言って父親とこの<豚の帽子>亭の扉を叩いた子ども達は、兄と妹の二人だ。その二人は現在、テーブルの上のごちそうを美味しそうに食べる母親を見てにこにこしている。
テーブルの上の料理があらかた片付いた頃、子ども達が目を合わせて立ち上がった。手を取り合って、座る母親の隣に立つ。
「お母さん、お誕生おめでとう」
声を揃えてそう言って、子ども達は歌を歌い出した。それは、誕生日を祝う定番ソングだ。
拙いながらも思いを込めた歌が<豚の帽子>亭に響く。
その歌を聞いた母親が、みるみるうちに目に涙を溜めていくのを、ホールに立ったゴウセルが興味深そうに見ていた。
閉店後の後片付けが終わった店内は静かなものだった。
カウンターで一人ジョッキを傾けていたメリオダスの元に現れたのは、ゴウセルだ。彼は階段を降りてカウンターまで歩いてくると言った。
「団長、聞きたいことがある」
「なんだ?」
「歌とは、悲しいものなのか?」
「は? ……ああ、あの家族の話か。あれは悲しんでたんじゃなくて、喜んでいたんだよ」
一瞬言われた意味がわからなかったが、すぐにここで誕生日パーティーを開いた家族のことを思い出した。なるほど、ゴウセルからすれば、あれは不思議なことだろう。
「嬉しいのに泣くのか」
「お前の読んでる本にも出てこないか? 感極まって泣くとか」
「……該当するものはあるな」
「それだよ」
そう言ってジョッキを傾ける。ほんのり甘みのあるエールが喉を潤した。
ゴウセルは一度頷いた後、すぐに首を傾げる。
「なぜあんな音程の外れた稚拙な歌で感動する?」
「気持ちが籠ってて嬉しかったんだろ」
「音に感情があるのか」
「込めるんだよ」
ふっと笑って言えば、彼は反対側に首を傾げた。
「それは、どのようなものだ?」
「どうって言われてもな。歌は専門外だ」
そう言えば、ゴウセルはほんの少し考え込むように顎に手を当てた。それから、メリオダスを見る。彼が口を開いたかと思うと、歌が流れた。それは、子ども達が母親に送った誕生日の歌だ。子ども達と違い、正しい音程で滑らかに響くその歌を、メリオダスは何も言わずに聞いていた。
歌が終わる。するとゴウセルが人差し指を頬に当てて聞いてきた。
「どうして泣かない?」
「いや、オレ誕生日じゃねえから。それにお前、お母さんおめでとうってオレに言う言葉じゃねえだろ」
「ふむ」
そうしてまた考え込む彼に、面白く笑った。そして、ゴウセルの肩を軽く叩く。
「でも、仲間からの贈り物は嬉しいぜ。ありがとうな、ゴウセル」
その言葉と笑顔を、彼がどう受け取ったのか、メリオダスにはわからない。
ただ、彼の琴線に触れたのだろう。
翌日以降、誰かれ構わず誕生日の歌を歌っては反応を見るゴウセルが居たのだから。