夢のつづき

 

 夢を見た。

 その中でディアンヌはリオネスの街を歩いていた。

 行く道に並ぶ店は彼女より大きかったので、恐らく自分が小さくなっているのだろう。それで、これが夢だとわかったのだ。

 ふと、あるものが目に留まって、ディアンヌは店のショーウインドーの前で歩みを止めた。

「わぁ、綺麗……」

 そこに飾られていたのは白いドレスだった。王女様が着るようなドレスとは違う美しさを持つ、純白のドレス。普段なら小さなミニチュアとして映り、気にも止めないであろうそれは、俗にウェディングドレスと呼ばれるものだった。

「……いいなぁ」

 ポツリと呟くと、隣から小さな女の子の声がした。

「お兄ちゃん、私あれがいい! お兄ちゃんとの結婚式は、あれを着るの!」

 その声の方を見れば、六歳程度の女の子が十歳ぐらいの男の子の服の裾を引っ張りながら、輝く瞳でドレスを見ている。

「そうだな。十年後も同じことを言ってたらな」

 兄と呼ばれた男の子は、笑いながら言った。すると妹は頬を膨らませる。

「またそういうこと言う! 私は本気なんだからね。お兄ちゃんと結婚するんだから、浮気しちゃ駄目よ?」

 ぷりぷりと怒る妹を宥めるように、はいはいと相槌を打つ兄。その微笑ましいやり取りを見て、ディアンヌはくすりと笑った。

 まるで、自分達のようだと思ったからだ。

 再びドレスに視線を向けて、それに身を包んだ自分と、小さな体で自分を女の子として扱ってくれた彼の姿を思い浮かべる。

 そうして、二三度瞬きをすると、いつの間にか場面が切り替わっていた。

 気付けばディアンヌは、ショーウインドーに飾られていたウェディングドレスを身に纏い、白い小さな部屋にいた。壁には十字架が飾られているので、教会であるのかもしれない。ここに居ることを不思議と思わなかったのは、夢と認識しているせいだろう。

「ほら、行くぞ」

 その声に振り向くと、黒いモーニングコートに身を包んだメリオダスがいた。ディアンヌはその姿を当たり前のように見つめる。

 優しげに笑む彼に、この姿を見せることが出来て良かったと、心から思った。

 差し伸べられたメリオダスの手を取って、導かれるままに部屋を出て道を歩く。清廉な空気に、やはりここが教会であると確信した。そして、これから向かう先も。

 大きな扉の前で立ち止まる。ゆっくりと扉が開いていき、見知った顔が笑顔で迎えてくれた。

 沢山の祝福の中、メリオダスと歩く。

 その道の先には、キングが居た。

 彼の手前まで歩くと、メリオダスがそっと組んでいた腕を解く。

 優しい祝福の中、ディアンヌは目を覚ました。

 

 今にして思えば、ディアンヌにとってのメリオダスは、夢の中の少女が焦がれた兄のような人だったのだ。

 優しくて、かっこよくて、強い彼は、とても輝いていた。実際きらきらとした光を纏っているようにディアンヌの目には映っている。

 彼が団長を務める騎士団に招き入れられて、大切な仲間と呼んで貰えたことはとても嬉しかったし、自分もそれに応えられる存在でありたいと常に思っていた。

 けれど同時に、メリオダスに向けていた感情は、間違いなく恋であったとも思っている。それは、とても幼く、押し付けがましいものだったけれども。

「どうかな?」

 彼の目の前でくるりとターンを決めると、メリオダスは笑んだ。

「ああ、似合ってるぜ」

「えへへ」

 褒められて嬉しくなる。ディアンヌは今、マーリンからもらったミニマム・タブレットで人間のサイズまで小さくなっていた。彼女が纏う衣服を用意したのは、ここにいるメリオダスだ。明るいオレンジ色のワンピースは、ディアンヌによく似合っていた。

「ありがとう、団長」

「どういたしまして。さて、明日の王国誕生祭、ディアンヌはどうする?」

「……あのね。キングを誘おうと思うんだ」

 秘密を打ち明けるように耳打ちをする。

「おお、そりゃいい。喜ぶぞ、あいつ」

「そ、そうかな?」

「好きな女が誘ってくれれば、嬉しいに決まってんだろ」

 好きな女。その言葉に、頬が熱くなる。ずっと好きでいてと約束した。けれど、今も彼が自分を好いてくれているのかは、ほんの少し自信が無い。

「大丈夫だって。ほら、行ってこい」

 無意識に視線を下げると、温かい手に背中を押される。メリオダスは優しい笑みを浮かべていた。

 それに頷いて、一歩踏み出す。

 それから体ごと振り返って彼を見た。そして、とびっきりの笑顔で告げる。

「団長、大好きだよ!」

「おお、サンキュ」

 好きという言葉に、一度も好きとは返してくれなかったけれども。メリオダスからとても大事にされているということは、よくわかっていた。だから、ディアンヌは前を向く。

「いってきます!」

 こうして、彼女は一つの恋を終えて、扉を開いた。

 愛しい人の元へ向かう為に。

 

2015/12/26

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