夏の日

「暑い」
 ソファに座ったアーサーの肩にもたれ掛かりながら、メリオダスが言った。
 室内はクーラーが程よく効いており、彼が言うほど暑いわけではない。そんなに暑いのなら、私から離れればいいのに。そう思ったが、賢明なアーサーは口には出さなかった。代わりに、ローテーブルの上に置いてあるエアコンのリモコンを手に取る。
「少し、温度を下げますか?」
「ん」
 尋ねれば、メリオダスの手が伸びてきてリモコンを奪われた。それから、三度の電子音。
「ちょっと、下げ過ぎです」
 リモコンを取り返そうと手を伸ばすが、その前に彼はアーサーと逆サイドの足元にそれを放り投げてしまう。
「いいんだよ」
 そのまま、メリオダスはソファに乗り上げると、両手をアーサーの頬に添え、覆いかぶさるようなキスを落とした。
「あつくなるから」
 目の前で囁かれたその言葉と、熱のこもった視線の意味が解らないほど短い付き合いではない。短い付き合いではないけれど、どこでそんなスイッチが入ったのか、アーサーには見当もつかない。ただ、そのまま流されてやるのも悔しくて。
「……発想がおじさんみたい」
 ぽつりと呟いたその言葉が、至近距離のメリオダスに届かない訳がない。彼はにっこりと笑ってみせた。
「よーし、よく言ったアーサー君。とやっ!」
「わっ! ちょ、ふは……っ!」
 掛け声と共に、力を込めて体をソファに倒される。その無防備な体を、メリオダスは遠慮なくくすぐった。腹から服の下に入り込んだ手が、繊細な動きで的確にアーサーのこそばゆいポイントを突いてくる。
「まっ、……やめ、ふふ。――ちょ。……やめてくださ、いっ!」
「さっきの言葉には、オレもちょーっと傷付いたなぁ」
「すみませ、……ごっ、ごめんなさい!」
 謝罪の言葉を口にすると、ようやくメリオダスの手が止まる。
「素直でよろしい。……所でアーサー。なかなか魅惑的なお姿で」
 にやっと笑う彼の言う通り、アーサーの服は乱れ、目元にはうっすら涙が滲み、頬は僅かに朱を帯びていた。それはどこか、誘うような魅力を感じさせる。メリオダスの言葉に服の乱れを直そうとしたアーサーの両手を、彼の手が優しく捕らえる。
「……だめ?」
 愛らしく小首を傾げて見せるメリオダスに、アーサーは悔しい気持ちでいっぱいになった。この男は、そんな風に言われて断るほどの理由が自分にないことを見抜いているのだから!
「……知りません!」
「いいってことだな」
 ぷいっと顔を背けて言えば、彼は上機嫌な声と共に掴んだ手を持ち上げ、その甲に唇を触れさせてきた。それから、艶っぽい笑みを浮かべる。
「ご機嫌を直していただけるよう、務めさせていただきます」
 その言葉に、この人わざとやっているんじゃないかと思いつつ、アーサーはため息をつく。それから両手を伸ばしてメリオダスの首筋を掴むと、ぐっと引き寄せた。自身も少し上半身を持ち上げて、口付ける。触れて、唇を開くと、待っていたと言わんばかりに舌が入り込んできた。


「メリオダスさんって、結構おじさんっぽいですよね」
 冷蔵庫に水のペットボトルを取りに行ったメリオダスの、見た目からは想像できない鍛えられた背中を見ながら、けだるい体を起こしたアーサーが言った。
「まあ、オッサンと言われてもおかしくねえ年齢だけどな」
「そうじゃなくて、なんていうか、発想がですよ」
「お前より十は上だし?」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ」
 冷蔵庫の物色を終えた彼が、水のペットボトルを片手に戻ってくる。
「いくつなのか、聞いても?」
「んー。秘密」
「えー……」
「そんなに気になるのか?」
 メリオダスはペットボトルに口をつけて水を数口飲み、その後そのままアーサーに手渡す。受け取ったアーサーも水を飲んで喉を潤した。
「それなりには」
「今まで聞きもしなかったのに? というか、よく年齢も教えない男と付き合おうとか思ったな」
「……私が好きになったのは貴方であって、年齢は関係ありませんから」
 むっとして答えると、「じゃあ、いいじゃねえか。今更」と返される。確かにその通りなのだが、年齢とはそれほどまでに隠すようなことなのだろうか。まるで信用されていないように感じて、釈然とせずにもう一口水を飲む。すると、メリオダスが耐えかねるといった様子で笑い出した。
「お前、ほんと可愛いよな」
「かっ……。話を逸らさないでください!」
「んー、そうだな。精一杯愛らしくおねだりしてくれたら教えてやらなくもない」
「もう! いいです!」
 アーサーは手に持った水のペットボトルを彼に押し付けて、ソファから立ち上がる。そのまま風呂場へ向かって歩き出した背中に、メリオダスの声。
「オレも年齢なんか関係ない。お前だから好きなんだよ、アーサー」
 その言葉に驚いて振り向けば、貼り付けたような綺麗な笑顔。
「シャワー、ご一緒しても?」
 メリオダスの声に特に変わった様子はない。だが、そんな不自然な笑顔を浮かべる彼を一人にしておくことが出来ずに、アーサーは手を差し伸べた。
「もちろん」
 そう答えた後の彼の表情は、まるで母の腕の中に居る幼子のような穏やかさで。
 放っておけるわけないじゃないか、こんな顔をする人を。
 

 

2018/07/20

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