猫の日

 

 アーサーが自分に猫の耳と尻尾が生えていることに気付いたのが三十分前。メリオダスにも同様の症状が出ていると発覚したのが十五分前。ことの原因が判明するまでと、二人揃って<豚の帽子>亭の一室に軟禁されたのがついさっき。

 アーサーは、まだ状況把握が上手く出来ずにいた。自分に動物の耳と尻尾が生えたのだ。触るとふわふわして温かく、感覚もある。完全に身体の一部になっているのだ。もちろん引っ張れば痛みを感じる。訳が分からない。

 そして訳が分からないと言えばもう一つ。メリオダスの状態である。彼はベッドに腰掛けるアーサーの隣にぴたりと寄り添い、体を丸めて寝転んでいる。なんなら軽い寝息を立てている。この状況で、大物というか流石というか。だが問題はそこではないのだ。

 片手を伸ばして、メリオダスの頭を撫でる。すると彼はふっと顔を上げ、アーサーの手に自身の頬を擦り付けてきた。多分、彼が本物の猫であれば、喉をぐるぐると鳴らしていることだろう。

 結論から言うと、メリオダスの症状はアーサーより重度なものだった。なにせ、行動までもが猫そのものなのである。同族と認識されているのか、アーサーに対しては大人しいものだが、猫化の症状が現れていないメンバー達には静かな威嚇をする始末だったのだ。

 思わず、小さなため息が出る。どうしてアーサーとメリオダスだけが、このようなことになってしまったのだろう。マーリンが必ず解決すると約束してくれたが、いくら彼女でもこんな訳の分からない事態をすぐに解決とはいかないだろう。自分はまだ良い。しかし、魔神族復活騒動に揺れるこの状況で、メリオダスがこんな状態では問題しかない。

「もっと、私に出来ることがあればよいのに」

 不測の事態にも、周囲を頼るしかない。あまりにも力ない自分に心が沈むのがわかる。そこで、メリオダスは突然体を起こした。

「どうかしまし……」

 気付いて、掛けた声は途中で失われる。メリオダスがアーサーの胸元を掴み、少し体を伸ばして頬を舐めてきたのだ。温かい舌が、何度も頬を撫でる。

「っ!」

 凍り付いていたのは一瞬で、慌てて両手でメリオダスの肩を掴んで引き離した。彼はきょとんとした顔をして、アーサーを見る。その様子から、恐らくメリオダスは凹んだ自分を慰めてくれようとしただけなのだと解った。理解した瞬間、あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になる。

「……ありがとうございます。でも、吃驚するのでやめてくださいね」

 お礼と共に頭を撫でると、メリオダスは目を細めてから再びアーサーの隣に丸まった。そうして目を閉じる。その静かな呼吸音を聞いていると、心が落ち着くのを感じた。

「こんなことで凹んでいても仕方ないですよね。もっと前向きにならなくちゃ」

 自分に出来ることがないと責めるのではなく、休暇を貰ったくらいの余裕を持っても良いのではないか。もちろん、ずっとこの状態が続くのは困るが、せめて今日くらいはゆっくりしても大丈夫だろう。そう結論付けると、アーサーはベッドに横たわった。丸くなるメリオダスをしばらく眺め、それから目を閉じる。

 眠りは、緩やかに訪れた。

 

 アーサーが規則正しい寝息を立て始めたころ、メリオダスが静かに体を起こした。軽く頭を振る。意識はしっかりとしていた。両手を胸の前で握りしめて開く。体も思ったように動いた。先ほどまでは、意識はあれども行動が制限を受けていたように感じていたから、症状は改善されていると見て良いだろう。

「この調子なら、時間が早々に解決してくれるかもしれねえな」

 呟いて、すぐ隣で眠りに囚われている少年を見下ろした。その頬に手を伸ばして、掌で幾度か撫でると、くすぐったかったのか身じろぎをする。

「……めですよ、めりおだすど……の」

 じゃれつかれる夢でも見ているのだろうか。幸せそうにふにゃりと笑うアーサー。そんな彼を見て、口元に笑みが浮かぶ。

 全く、もっと気楽に生きればいいのに、と思って。自分が言えたことでもないかと思い直した。

 それから、メリオダスは腰を折る。眠るアーサーに覆いかぶさるように。

 唇で彼の額に触れた。次に鼻先。そして、唇同士を触れ合わせる。そのままぺろりと舐めても、少年は目を覚まさない。

「アーサー」

 静かな呼びかけに、答える声はない。

 メリオダスはアーサーの胸元を枕にするように横になった。確かな鼓動の音を直接聞く。

「あぁ。お前の音は、心地いいな」

 そう呟いて、再び目を閉じた。

 

 

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某氏のイラストを元に書かせていただきました!ありがとうございました!

 

 

2018/03/02

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