「キスする箇所で込められた意味が違うって知ってるか?」
久しぶりの休暇を狙ったかのように訪れたメリオダスと共に、キャメロットが遠目に見える丘にまで足を伸ばし、何をするでもなく二人で寝転がり空を眺めていたとき、その言葉は聞こえてきた。
「え?」
理解できずに声の方を見て聞き返すと、彼は笑う。メリオダスの指先がアーサーの額に触れ。
「額は友情」
指は肌を伝い鼻梁で止まる。
「ここなら愛玩」
そのまま頬に下りて。
「親愛」
彼が呟く。
「そんでもって……首筋は執着」
ぴたりと首筋で止まった指先は、軽くそこを押した。メリオダスは瞳を薄くして笑う。
「無防備過ぎだ」
言われてようやく急所に触れられていることに気づいた。
「メリオダス殿がその気になれば、私なんて何時でも殺せるのでは?」
うららかな陽気に気が抜けていたのか、ぼんやりと思ったことを呟いてしまう。すると彼が静かに上半身を起こした。
「ほう」
その声に棘を感じ、アーサーは自分の失言に気付く。が、時すでに遅し。メリオダスはアーサーの腹の上に乗り上げると、にやりと笑った。
「おまえの期待には添えなくて残念だ。けど」
そう言って彼は首筋に顔を埋めてくる。
「わっ」
ぺろりとそこを舐められたかと思えば、そのまま吸われた。
「ちょっ、えっ?」
そして、チクリとした痛み。何をされているのか分からない程子どもでもないし、何より今日は襟ぐりの開いた服を着ている。そんな所にキスマークなど付けられてはたまらないと彼を押しのけようと必死になるが、その体はまるで岩のように動かない。
「メリオダス殿! 駄目です、やめてください! 謝りますから!」
その言葉に、彼が顔を上げて至近距離でこちらを見つめてくる。
「へえ、なんて?」
「軽率なことを言いました。すみません」
「そうだな。色々我慢してやってるオレが馬鹿みたいだもんな」
「すみませ……え?」
「ん?」
アーサーは思わぬことを聞いたとばかりに目を瞬かせた。
「あ、ええと。我慢、しているのですか?」
「今日は失言が多いな? アーサー」
にこりと笑顔を見せる彼に慌てて頭を振る。
「そうじゃなくて、その、確かに私はまだ若輩者ですが、極力貴方の要望にも応えられるように心掛けたいと思っておりますので……出来るなら、我慢する前に教えてください」
真っ直ぐに言葉を伝えると、目の前の彼は瞬きをして、それから長い溜息を吐いた。
「全く……真面目すぎるぞ」
「でも、その……好きな人に無理を強いるのは私としても悲しいので」
「わかった。オレが悪かった」
そう言って両手を上げたメリオダスはアーサーの上から退く。アーサーは上半身を起こすと彼を見た。メリオダスは困ったように後ろ頭を掻く。
「我慢してるってのは忘れろ。こっちも失言だ」
「でも」
「いいから。お前のも忘れてやる」
彼の態度はこれ以上の対話を拒絶するものだ。こうなってはメリオダスはそれを突き通す。
「はい。そう仰るのでしたら……」
そうは言ったものの気にならないわけがない。アーサーはちらちらと伺うように彼を見てしまう。すると、しばらくしてはぁっと溜息をつかれた。
「じゃあ一つ我儘を言うぞ」
「……っはい!」
仕方なさそうに人差し指を立ててメリオダスは続ける。
「キスしてくれ」
「えっ」
その言葉に固まった。そんなアーサーに「どこでも良いぞ」と彼が付け加える。いや、別にキスをするのが嫌なわけではない。仮にも恋人同士なのだし、した事がない訳でもない。ただ、人気がないとはいえこんな誰が通るかも分からない場所で、というのが問題なのだ。
「ここで、ですか?」
「……我儘って言ったろ?」
アーサーの考えることなど見通しているのだろう。メリオダスは小さく笑って言った。
ああ、確かにそれは我儘だと思う。自分にも立場というものがあるし、こんな場所で迂闊なことは出来ない。もし誰かに見られでもしたら。
出来ない。そう言ってしまうのは簡単だ。彼はそんなことで腹をたてるような人ではないとわかっている。今までもそういった配慮はしてくれた。現に今だって、「どこでもいい」だなんて言葉を付け加えてくれている。手をとってその甲にキスをするだけでもきっと満足してくれるだろう。けれど、それで恋人の我儘に応えたことになるのだろうか。
アーサーは、ほんの少し考え込む。
我慢する前に教えて欲しいと言い、無理を言って聞き出したのは自分なのだ。ならばやはりきちんと応えるべきだろう。
周囲の気配を伺った。慎重に、誰もいないことを確認して、メリオダスを見る。手を伸ばしてその頬に触れて、ほんの少し背を曲げた。そうして彼の唇と自身の唇を触れ合わせる。温かく柔らかな感触。一度離して、二度目は口端に。そっと顔を離しながら、言った。
「私だって、一つくらい知っています」
頬に触れた手、その親指でメリオダスの唇をなぞりながら。
「唇は、愛情のキスだって」
彼は、珍しくぽかんと呆気に取られたような顔をしていた。ぼんやりとした瞳がアーサーを見る。
「あの……メリオダス殿?」
もしかして、この選択は誤りだったのだろうか。そう思って恐る恐る声を掛けると、メリオダスが目を瞬かせた。それから、ふっと、蕾が柔らかに開くように優しく、笑った。その表情に胸がドキリと高鳴る。
彼の両腕が伸びてきて、胸元に抱き寄せられた。
「め、メリオダス殿?」
「……んー?」
「あの、一体。その、これは」
メリオダスはアーサーの首元に片手を回して抱き寄せたまま、後ろ頭を撫でている。
「嫌か?」
「そんなことは! ……ただ、子ども扱いを受けているような気がします」
「……こうしてれば、誰もお前の顔なんて見られないだろ?」
拗ねた声を出すと、柔らかな彼の声が頭上から降ってくる。
「お前が王だなんて、誰も思わない。……だから、もう少しひとりじめさせろ」
その言葉を反芻して、ようやっと理解して、アーサーの体からふっと力が抜けた。
「……はい」
小さく消えそうな声で了承を返すと、メリオダスはくつくつと笑う。
「いい子だ」
ほの赤くなっているだろう耳元に、彼は優しいキスを落とした。