※死ネタ
命には終わりが訪れる。
誰のもとにも、平等に。
小さな町、その外れにある古びた一軒家。玄関を入ってすぐにある居間のソファーで、メリオダスは目を覚ました。どうやらまた眠ってしまったらしい。ふっと意識が眠りに囚われることが、ここ最近はよくある。体が眠りを求めているのか、意識が途切れる事を求めているのかはわからない。ただ、もうそろそろだろうと言う実感だけがある。
ふらりと立ち上がって、ドアのすぐ近くにあるコートハンガーから外套を取って羽織る。そのまま何も持たずに家を出た。外は夕暮れ時で、寂しげな茜色に染まっている。メリオダスは町とは反対方向の、丘へと足を向けた。ゆっくりとした足取りで歩いていく。
丘の頂上に辿り着いた頃には、夕日は地平線に触れそうになっていた。柔く、とろけていく光が世界を染めている。その場に座りこんで、沈み行く太陽を見つめた。
夕日は好きだ。優しい光は、どこか彼を思い出させる。
太陽に向けて右手を伸ばした。その小指に光る、銀のリングに視線が止まる。小指の指輪は幸運を運ぶ。そう言って、彼から贈られた指輪は、橙色の光を吸い込み、緩く反射させていた。美しい、と思う。
伸ばした手を引き寄せた。銀のリングには、小さな石が一つ埋め込まれている。彼の髪色に似た黄金色の石に、メリオダスは静かに口付けた。
夕日に染まった世界は、徐々にその身を夜に任せていく。うっすらと暗くなって来た世界の中、メリオダスはその場にあり続ける。太陽がその姿を隠し、空が徐々に黒に染まる。
その、瞬間。
「メリオダス」
声が、した。懐かしい声。忘れる筈も無い声。愛しい、人の声。
「迎えにきたぞ」
笑う彼女の姿は、脳裏に焼き付いていたままのものだ。
「リズ?」
名を呼ぶと、懐かしい彼女は困ったように笑う。
「誰だと思った?」
それに答えられずに居ると、リズが手を差し伸べて来た。また夢を見ているのかと思ったが、夢だとも思えない。その手を取って立ち上がると、優しく抱きしめられる。
「メリオダスだ」
「どうして……」
「迎えにきちゃ駄目だったか?」
拗ねたような声に頭を振る。どうにも思考が付いていかない。
すると彼女は身体を離して、また笑って、言った。
「大丈夫。ちゃんとあいつも居るぞ」
あいつ、とは誰だろうか。そう考える暇もなく、新たな声が掛かる。
「お久しぶりです。メリオダス殿」
リズとは違う、でも忘れられない声に、メリオダスは彼女の背後を見る。
「……アーサー」
「はい。リズさんと一緒に、お迎えに参りました」
微笑む彼も、迎えにきたと言った。そろそろだとは感じていたが、まさかこんな迎えが用意されているなんて予想だにしなかった。何か言おうと口を開きかけたメリオダスの唇に、アーサーが触れて止める。その手首には、新緑の石が付いたブレスレットが光っていた。それが、チョーカーであることを、メリオダスは知っている。何故なら、自分が贈ったものだから。
「あまり時間がありません。お話はあちらでしましょう?」
「そうだな。ほら、行くぞ。メリオダス」
両サイドから二人に手を引かれ、歩き出す。目の前の世界が揺らいでいる。夜の闇に染まりかけた世界と、水晶の都が滲み、存在を主張し合う。歩みを進めるうちに夜の闇は薄れていった。
すとんと、何かが落ちたような感触がして、メリオダスは理解した。
生者の世界から、死者の世界へ移ったことを。
「メリオダス殿」
アーサーに呼ばれて、そちらを振り向くと優しい笑みを浮かべられる。
「お疲れさまでした。と、お伝えしたくて。リズさんと一緒に待っていました」
その言葉に、じんわりと視界が滲む。そんなメリオダスを、リズが横からもう一度抱きしめる。
「頑張ったな!」
そう言われたとたん、涙が溢れるのを自覚して、メリオダスはリズの胸に顔を埋めた。
その様子を、アーサーは優しく微笑みながら見守る。
「少し、お休みしましょう」
穏やかな声に、メリオダス頷く。
それは、穏やかな終わりだった。