終わりの始まり

 

 はっと目を覚まして、アーサーは自分の置かれている状況を理解出来ずに瞬きをくり返した。

 辺りは暗く、ランプの灯りが揺らめいているのが分かる。昨夜は少し早めに眠りについたから、まだ夜中なのだろう。しかし、ランプは消した筈だ。

 いや、それはいい。それはいいのだ。分からないことは、何故メリオダスがアーサーに覆い被さるようにしているか、だ。彼は腹の上に跨がった状態で、右手は顔のすぐ横に置かれ、左手は肩を押さえつけている。

「メ、リオダス、殿?」

 名を呼ぶ。しかし、相手からの返答は無かった。その代わりに、メリオダスが体を低くして顔を近付けてくる。あっと思う間も無く、唇同士が触れ合った。一度離れて、再び合わせられる唇に体が硬直する。一体何が起こっているのか。理解が追いつかない。とりあえず距離を取ろうともがくが、右肩を強い力で押さえられていてそれは叶わなかった。

「めり、っ」

 再び名を呼ぼうと口を開くと、それを待っていたかのように口を塞がれる。ぬるりとした何かが口内を蠢く感触。それがメリオダスの舌だと理解するのにそう時間は掛からなかった。

「ん、んぅ」

 思わず顔を逸らそうとしたが、いつの間にか右手で顔を固定されていて動かせない。深く交わる口付けを、ただ受けることしか出来なかった。

 訳が分からない。どうしてこんなことをされているのか、メリオダスが何をしたいのか、全く分からなかった。

「ふ、……は、っん」

 角度を変えてくり返される口付けに、だんだんと頭がぼんやりしてくる。触れ合う舌は熱い。溶けていくようだ。体の奥に、熱が溜まるような感覚。

「……アーサー」

 合間に、彼が名を呼んだ。それは、聞いたこともない熱っぽい声だった。

 

 気付けば、メリオダスはアーサーをベッドに縫い止めていた。

 彼の上に跨がり、右肩を押さえて動きを封じる。

 アーサーは瞬きを繰り返し、状況を理解出来ないようにこちらの名を読んでくる。その声には戸惑いしか感じられない。それは、自分を信頼し切った、純粋な瞳だ。不意に、壊してみたくなるほどに。

 何も答えず、メリオダスはアーサーに口付けた。柔らかな唇に触れてもなお、状況を掴めていないような彼に、もう一度口付ける。するとようやく理解したのか、縫い止めた体が硬直するのがわかった。自分の下でもがき出した彼に、遅いと苛立つ。

 再び名を呼ぼうとした口を塞いだ。今度は深く。右手で頬を固定して、熱い口内を蹂躙する。角度を変えながら、何度も口付けた。

 自然と、体の奥が熱を持つ。アーサーの吐息にも明らかな色が籠り始めたのを感じた。合間に漏れる色声に、思わず笑みが浮かぶ。

 散々に奪った後、メリオダスはゆっくりと唇を移動させた。頬から、耳元へ。

「アーサー」

 呼気と共に名を流し込んでやると、彼は小さく鳴いてびくりと体を揺らした。

 顔を上げてアーサーを見下ろす。その顔は真っ赤で、瞳は熱く潤んでいる。

「めり、おだす、どの」

 震える声が、メリオダスの名を呼んだ。

 

「アーサー。起きろ」

 その声に、アーサーは文字通り飛び起きた。慌てて周囲を見回す。部屋には明るい光が差し込んでいた。傍には、ちょこんと座ったゴウセルが居る。メリオダスの姿は何処にも無かった。

「え……あれ」

「悪夢か? うなされていたぞ」

 その言葉に、思わず口元を押さえる。

「あ。ゆ、め?」

 呟いて、かあっと頬が熱くなるのを感じる。

 夢だって? なんて夢を見ているのだ、私は!

 両手で顔を覆って体を丸めるアーサーに、ゴウセルは不思議そうに首を傾げる。それから、尋ねた。

「どんな夢を見ていた?」

「そっ、んなことより! 朝ですよね! もしかして私は寝坊してしまいまいしたか? それはいけない。急いで支度します!」

 早口で捲し立てて支度を始める。そんなアーサーをゴウセルは黙って見つめた。それほど興味を持たなかったのか、「では、下で待っている」と言って部屋を出て行く。それを見送って、とりあえず助かったと胸をなで下ろした。

 しかし、本当になんという夢を見ているのだろう。こんな夢を見るなんて、メリオダスと顔を合わせることが出来ないではないか。

「うわああ……」

 そこまで考えて、アーサーは頭を抱えてしゃがみ込む。

 もう、本当にどうしていいのか分からなかった。

 

「メリオダス様。朝ですよ」

 軽く体を揺すられて、メリオダスは目を開いた。それから、すぐ傍に居るエリザベスの顔をじっと見る。見つめられたエリザベスは、不思議そうな表情で首を傾げた。

「メリオダス様?」

「あー。……おはよう。エリザベス」

「はい、おはようございます」

 彼女はにっこりと愛らしい笑みを浮かべて朝の挨拶をする。それを見て、ようやくこちらが現実だと気付いた。

「こりゃ、まいったな」

 ぽつりと呟いた声を聞き取って、エリザベスが「どうかされましたか?」と尋ねてくる。それに「何でもない」と返して、メリオダスはベッドから出た。軽く伸びをして、体を解す。支度をして階下へ降りると、すでに殆どのメンバーが揃っていた。

 皆に挨拶をして、その中にアーサーの姿が無い事に気付く。尋ねると、寝坊しているらしい。珍しいこともあるものだな。そう思って先程降りて来た階段を見ると、丁度彼が降りて来た。

「おはようござい……」

 アーサーと目が合う。その瞬間、彼は声を無くしてしまった。その頬は、あっという間に赤く染まる。メリオダスを見たまま固まってしまったアーサーを、皆が不思議そうに見ている。

 彼のその表情に、メリオダスの脳裏に夢の光景が蘇った。ぞくりと肌が泡立つのを感じる。

 アーサーはぱくぱくと口を開閉させた後、顔ごと視線を逸らした。耳まで赤くなっているのがよくわかる。

 自然と、メリオダスの顔に笑みが浮かんだ。

 階段の途中で立ち止まってしまったアーサーに近付き、彼にだけ聞こえる声で、甘く名を呼ぶ。

 するとアーサーはびくりと体を震わせた。

 それに気付かない振りをして、普通に問いかける。

「どうした、体調悪いのか?」

「い、いえ……」

「無理するなって。今日は寝とけ」

 そう告げると、他のメンバーもそれに同調した。彼は一瞬迷った後、「すみません」と言って部屋に戻っていく。その背を見送って、はぁっと息を吐き出した。

 何故あんな顔をされるのかは不明だが、夢を引き摺っているこちらとしてはひきこもっていてくれるとありがたい。理由は後で聞きにいこう。

 そう思って、メリオダスは階段を降りた。

 

 二人が夢の重なりを知るのは、数時間後。

 

 

 

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