現パロ同居済み義善

 月が明るい秋の夜だった。

 我妻善逸は夜道を不貞腐れて歩いていた。住宅街かつ深夜のせいか、人通りはない。善逸の三歩後ろを歩く同居人ーー冨岡義勇以外に、人は見当たらなかった。

「善逸。すまない」

「それ三度目ですけど何で謝ってるんですか」

 申し訳なさそうな声を出す義勇に、善逸は少し口早になる。

「……怒っているから」

「怒ってるといえば怒ってますけど、義勇さんには怒ってないんで。俺自身の狭量さに怒ってます」

 そう、善逸は、こんなことで機嫌を損ねてしまう自分に怒っていた。

 こんなこと、というのは、四十五分ほど前のことだ。

 善逸は大学のサークルの飲みに誘われ参加した。なんだかんだと盛り上がりを見せて、思ったより遅くなってしまう。義勇には店の場所と二十一時頃には帰る旨を連絡していたが、その時点で時間を二時間もオーバーしていた。その上、メッセージアプリも確認していなかったのだ。これは完全に善逸の落ち度である。結果として、心配した同居人が迎えにやってきた。それはいい。むしろちょっと嬉しかった。

 けれど、問題はそこからだ。義勇が現れたことで、主に女子達が色めき立ったのだ。そういえばこの人、めちゃくちゃ顔が良かったなと思うも後の祭り。すっかり解散モードだったのに、何故か次の店に行こうなんて話も出た。もちろん義勇も巻き込んで、だ。善逸は終電もあるから解散しようと主張したが、全く聞き入れてもらえる気配がなかった。義勇は周りを女子に囲まれて、何なら腕を組まれたりして、明らかに戸惑っているのがわかる。わかったが、それはそれとして全く面白くなかった。

 そう、善逸も酒が入って酔っていたのだ。だから、困惑する義勇を置いて先に帰ると宣言し実行した。本当になんてひどい奴なのだろうと思う。

 善逸は、義勇がどうやってあの輪をくぐり抜けたのか知らない。だが、彼は駅に着く前に追いついてきた。それから一緒に電車に乗り、最寄駅に着いた。その間、二人にほとんど会話はなかった。

 つまりこの状況は、善逸の一方的な嫉妬の表れだ。アルコールのせいで、自分の感情がうまく制御できないのだ。本当にどうしようもない。

 善逸が情けなくて泣きそうになっていると、義勇がもう一度善逸の名を呼んだ。振り向くと、道沿いのコンビニの前で立ち止まっている。

「少し待っていろ」

 そう言って、義勇はコンビニの明かりの中に消えた。流石にまた置いていくほど薄情ではない善逸は、大人しくその場で待った。

 義勇は数分経たずに出てくる。その手には白いビニール袋が一つ。

「好きな方を選べ」

 差し出された袋を受け取ってみれば、中には棒アイスが二つ入っていた。チョコレートと、ソーダ味。

「なんで?」

「食べながら帰ろう」

「……じゃあ、チョコで」

 義勇がソーダ味のアイスを好んでいることを知っていた善逸は、敢えて違う方を選んだ。すると義勇がほんの少し嬉しそうな顔をする。そんなところが子どもみたいで可愛いと思った。

 義勇と並んで歩きながら、外袋を空けてアイスを取り出す。ひんやりとしたそれを口に含めば、当然甘かった。隣を見れば、義勇もアイスを齧っている。

「いつもなら、行儀が悪いって言うのに」

「今日は特別だ」

「どうして?」

「善逸が自身に怒っているのなら、善逸を甘やかすのは俺だ」

 その言葉に、善逸は自分の涙腺が緩むのを止められなかった。立ち止まり、突然涙をこぼした善逸に、義勇が焦りおろおろとする。

「善逸、どうした」

「なんで、俺、怒ってるのに、甘やかすとか」

「善逸は自分に悪いところがあったと思っているから、自身に怒っているのだろう。なら、俺は年長者として、怒られている善逸のケアをすべきだ」

 普段あまり口数が多くない義勇が、懸命に言葉を紡ぐものだから、善逸は涙の止め方がわからない。

「善逸、泣くな。……アイスが溶ける」

「ーーっふは。なにそれ。……うん、でも、アイスは溶けるもんね」

 思いもよらぬ言葉に吹き出してしまったせいか、涙は止まった。空いた手で目元を拭って笑えば、義勇は安心した顔をする。そんな義勇を見ていると、善逸の中にあった自分への怒りが薄まっていった。

「義勇さん。今日は遅くなってすみません。迎えに来てくれて、嬉しかったです」

 素直な気持ちでそう告げれば、義勇がアイスを持っていない方の手で頭を撫でてくれる。こういう所、まだ子ども扱いが抜けなくて悔しい善逸だが、その手が優しかった為に大人しく受け入れる。

「少し、心配した」

「はい。ごめんなさい」

「帰ろう」

 連れ立って、二人はまた歩き出した。

 手に持ったアイスを齧りながら、善逸は他愛のない話をする。

 「夜はもうすっかり秋の気候ですね」とか、「今日のお詫びに、明日の晩御飯は鮭大根にしましょうね」とか。

 義勇はそれを聞いて、相槌を打ったり、目を輝かせたりした。

 いつもよりゆっくりと歩いて、アイスを綺麗に平らげた頃、二人が暮らすマンションが見えてくる。

「義勇さん」

「何だ?」

「アイス、美味しかったです。ごちそうさまでした」

 善逸が立ち止まり、笑ってお礼を告げれば、義勇はなぜか顔をそらした。その頬がほんのりと赤い。

「……たまには、食べ歩きもいい。行儀は良くないが」

「じゃあ、今度、浅草で食べ歩きしましょう。楽しいですよ」

「そうだな。善逸と一緒なら悪くない」

 そう言って、義勇が微笑む。今度は、それを見た善逸が少し恥ずかしげに視線をそらした。

「……えっと。とりあえず中に入りましょうか」

 ほんの少し後、善逸が言う。義勇は一拍遅れて頷いて、マンション入り口のセキュリティを解除した。

 

2019/09/08

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