午時葵・始

 冨岡さん。

 冨岡さんは、生まれ変わったら何になりたい? 俺は、とっておき魅力的な野花になりたいな。見つけたら、摘んで好きな人の髪に挿したくなるような。大好きな家族に見せたくなるような。そんな野花になりたい。

 ……ねえ、聞こえてる? 俺、ちゃんと喋れてるかな? 冨岡さん、まだ眠ったら駄目だ。絶対に目を閉じないで。勝手に居なくなるなんて許さない。

 だから、冨岡さん。そんな綺麗に笑うなよ。

「……っ、つ」

「最後の言葉なんて聞いてやらないからな! 俺を置いて逝くな!」

 

午時葵・終

「善逸は、生まれ変わったら野花になりたいと言っていたな」

 穏やかな声で、布団に横たわる義勇さんが遠い昔の話を口にした。俺は一瞬なんのことかわからずに、目を瞬かせてしまう。

「……野花……そ、そんな昔の話持ち出してどうしたの?」

 少し間をおいて思い出した。義勇さんは一度生死の境を彷徨い、奇跡的に生還したことがあるのだ。本当に死んでしまうと思って、随分取り乱したことを思い出し、恥ずかしくなる。

「善逸が野花になるなら、俺はそれを一番に見つけて、誰にも摘まれないように見張ろう」

「野花を見張る義勇さんか。なんだか可愛い」

「蕾が花開き、そして萎れて地に還る時まで、そばにいる」

「へへ。ありがと。でも、一番に見つけてくれるなら、義勇さんが摘んでくれていいんだぜ。それでさ、髪に挿してくれよ。それだけで、幸せだから」

 はにかんで言うと、義勇さんが少しムッとするのがわかる。

「……俺は善逸が自然に還る時まで一緒にいたい」

「じゃあ俺が訂正するね。義勇さん、野花にならないから、生まれ変わったら、また俺と出会って。出来るなら、最後まで一緒にいて」

 俺の言葉に、義勇さんは唇に薄い笑みを刷く。

「ああ、大切にする」

「うん。俺も義勇さんを大切にする」

 年老い、聴力も衰えた俺だけど、義勇さんの穏やかで愛おしい音だけは今も耳に残っている。

「……すまない」

 義勇さんの瞳が眠たげに落ちていく。それに微笑んで、俺は義勇さんの頬に手を滑らせた。

「ん。眠いなら寝ていいよ」

「少し、眠る。……おやすみ、善逸」

 静かに目を閉じた義勇さんの呼吸は、穏やかなものだ。

「おやすみ、義勇さん」

 俺は義勇さんの額に、唇を落とす。そうして、静かに、静かに弱くなっていく呼吸音を、最後まで聞いた。

「……またね」

 穏やかな眠りを迎えた義勇さんの唇を、そっと指先でなぞって、俺は微笑んだ。

 生まれ変わったら、また出会ってくださいね。約束だよ、義勇さん。

 

2019/09/08

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