ある日ある時ある町外れで。偶然出会った善逸と、並んで川辺を歩いていた時のこと。
善逸が俺から視線を逸らし、僅かに頬を紅に染めながら言った。
「冨岡さんってさぁ……俺のこと、好きですよね」
その言葉を特に否定する要素は無かったから、すぐに頷く。
善逸は優しい。俺が困っていたら無条件で手助けしてくれる。少し口は悪い時があるが、年上である俺に対して敬意を持って接してくれる。好ましく思う理由はあれど、嫌う理由がない。
だから、何故こんな当たり前のことを聞かれたのかがよく分からない。
「そうじゃなくて。……え。なに? 冨岡さん本当に無自覚なの?」
何を自覚していないと言うのだろう。もしかして、善逸は俺のことが嫌いなのだろうか。
「俺が、嫌いなのか?」
落ち込みながら尋ねると、善逸がばっと顔を俺に向けた。少し焦っているように見える。
「なんでそうなるの! 俺は嫌いな相手と進んで関わりません!」
「……つまり、嫌われていないということだな」
「俺に嫌われてないってだけで、心底幸せそうな音出すの本当にやめてもらえます!?」
善逸が両手で耳を塞ぎながら顔を真っ赤にした。何故かほんの少し涙ぐんでいる。だから、その涙が溢れてしまう前に、俺はその眦を指先で拭った。
「っ! 付き合ってもない相手に普通にそういうことするの反則です!」
付き合っていたらいいのだろうか。善逸が何を言いたいのかが上手く理解できない。けれど、俺のやることを真剣に受け止めて、ころころと表情を変える善逸はとても愛らしい。心がふわふわとした幸せで温かくなる。
「〜〜っ。もういいです! わかりました!」
そう言って善逸が立ち止まった。だから俺も少し遅れて歩みを止め、善逸と向き合う。善逸は、少し心配になるくらい顔が赤い。
「俺は、いつの間にかアンタのことを愛おしく思ってる。今日だって、会えてすごく嬉しかった。だから、俺と付き合ってください」
その言葉を最後まで聞いて、俺の思考は善逸でいっぱいになった。
善逸が俺を愛おしんでくれることが、心の底から嬉しくてたまらない。とても大切にしたいと思う。抱きしめて、腕の中に閉じ込めてしまいたい。
決壊した感情が俺の中で荒れ狂う。どうして、今までこの想いに気付かないでいたのか。
頬が、熱い。
「どこに付き合うんだ? とか言ったら流石に殴る」
さっき拭った眦に、また涙が溜まるのを見て、俺はもう一度善逸に手を伸ばした。
「善逸。好きだ」
再び、その眦の涙を拭う。
「愛おしい」
そのまま、善逸の顔を上げ、自らの瞳でまっすぐに相手の瞳を捉える。
「大切にする」
溢れる思いの丈を告げると、善逸がふるふると震えだした。程なく、善逸の足から力が抜けて、俺は慌ててその体を支える。
「……もーやだ、この人」
「嫌、だったか?」
「嫌じゃない。嬉しかったけど。ちょっと、いやかなり重い」
「すまない」
重い、とはどういう意味だろう。分からないが、善逸がこんな状態になってしまったのは俺のせいなんだろうと思って謝罪する。
「宿まで連れて行く」
「待って流石に恥ずかしいからやめて。……というか」
善逸を抱えようとしたが、断られた。だから俺は、善逸を腕の中に収めたまま続く言葉を待つ。
「もうちょっとだけ。このまま抱きしめててほしい、かな」
その愛らしい言葉に、俺は自分の感情が焼き切れそうになる音を聞いた気がした。