それはいつからの事だったろう。思い返してみても、切っ掛けのようなものに心当たりはない。
だから、なぜこの人と出会うたびに膝枕を要求されるのかが、俺には全くわからなかった。
「……いい天気だなぁ」
太陽の光が燦々と降り注ぐ藤の家の縁側に座った俺は、ぼんやりと庭木を眺めて呟く。ちなみに、俺の膝を枕に横たわって目を閉じているのは、なんと、鬼殺隊の柱が一人、水柱の冨岡さんだ。
ーーなんで? だからそれは俺が聞きたいんだって。理由を教えてくれよ!?
心の中の叫びを声にすることはない。だって、目を閉じた彼からは、やけに穏やかな音がする。それを乱すようなことをするのは忍びない。それに、この音は嫌いではない。何というか、とても安心する。そう、ずっと聞いていたくなるくらいにーー。
「……何言ってんの!?」
あ、まずい。思わず声に出てしまった。そろりと見下ろせば、深い青がこちらを見つめている。
「あ、えっと。今のは独り言というか、ですね」
動揺しつつもそう伝えると、冨岡さんは何故か片手を上げて俺の頬に触れる。硬い掌が幾度か頬を撫ぜる。優しい手だと、そう思った。その手に甘えて泣きたくなるくらいに。だから、思わず抱えていた疑問を溢してしまった。
「……一つ、聞きたいことがあるんですけど」
「何だ」
「何で、俺なの?」
ああもう何? 本当に何言ってるの俺。ちょっと意味がわからないんですけど!?
だが、口から出た言葉はもう取り消すことなどできない。
「いや、冨岡さんなら女の子が喜んで膝枕してくれるんじゃないかなーって思った、……んです、けど」
焦って早口になった後、すぐにしどろもどろになっていく言葉。全く、情けない限りだ。
彼の真っ直ぐな視線を受け止めていることが辛くなって、俺は優しい手から逃れるように顔を逸らした。すると、聞こえていた穏やかな音に僅かな雑音が混じる。怒らせたのかもしれない。そう思うと、急速に気分が沈んでゆくのがわかる。もう立ち去ってしまいたいと思った。
「お前がいい」
「ーーは」
自分の感情でいっぱいいっぱいになっていた俺は、言葉の意味が汲み取れずにただ声を漏らした。すると、再び手が頬に触れ、下を向くように促される。
視線が合うと、冨岡さんが口を開いた。
「我妻……いや、善逸がいい」
「な、に……?」
言われた言葉の意味がわからずに戸惑う。
いや、それは嘘だ。本当は、ずっと前から感じていた筈だ。
どうして一時期から彼とよく出会うようになったのか。
どうして彼は出会うたびに俺と過ごす時間を作るようになったのか。
そして、どうして俺は、彼と過ごす時間を心地よく思うのか。
本当は、全部わかっててーー。
「善逸が、好きだから」
想いを伝えられた瞬間、俺は顔がかっと熱くなるのを感じた。これではまるで、気持ちを言葉にしてほしいと駄々を捏ねたようだ。あまりにも恥ずかしすぎる。今すぐこの場から逃げ出したい。だが、真摯に言葉にしてくれた冨岡さんを前に、そんなことは出来ない。
「俺も……」
喉がからからになったような気分で、言葉の続きを口にする。
「義勇さんが、すき」
ーーというかこれ、俺が先に言っとけばよかったんじゃん!