「……言葉にしてくれなきゃ、俺にも分かんないんだよ」
嗚咽まじりの小さな声は、まるで悲鳴のようだった。蒼白な顔をして、浴衣の胸元を強く握りしめる彼は、まるでそのよすがを失ったら立っていることすらできないと叫んでいる様で、胸が痛む。どうして、ここまで追い詰めてしまったのだろう。何かを言わなければ。そう思うほど、何を伝えるのが正解なのかがわからなくなる。
「ほら、また」
俯いた彼の目元は、鮮やかな髪に隠れて見えない。けれど、その口元がわずか、笑む様に吊り上がったのがわかった。
「冨岡さん。……アンタは、ずるいよ」
ほた、ほたり、と雨が降る。それを止めたいと思うのに。
「俺は、さっき好きだって伝えたよ」
言葉が出ない。伝えるべき言葉。伝えたい言葉。なんでもいい、声にしなければ。そう焦るほど、喉の奥が凍りついた様で、ただ口を薄く開くだけしかできない。
「返事すら、もらえないんだ?」
ーーその声音は知っている。人が、深く絶望に囚われたときの声。
彼の両手が素早く胸元に伸びてきて、浴衣を強く引かれる。
「……ぜん」
体勢を崩した時に、願っていた声はようやく音を成した。が、その声はすぐ、彼の唇に呑まれてしまう。
精一杯の感情をただ押し付けるような幼い口付けは、涙の味がして。
「ーーアンタのことなんて、好きに、ならなきゃ良かったのに」
溢れる涙をそのままに、苦しさを隠そうともしない表情で、彼が言う。そうして、すぐに俯いて走り去っていった。
その背中を追いかけたい。追い掛けなければならない。だが、追い掛けて、どうする。引き止めて、どうする。どうすればいいのかがわからない。それではまた、彼を傷つけてしまう。
彼の隣が心地よかった。
彼は口にせずとも察してくれたから。
彼の体温に心が安らいだ。
彼はどこか仕方なさそうに、それでも優しく背を撫ぜてくれたから。
彼の笑う顔が見たかった。
彼はとても幸せそうに笑ってくれて、こちらも幸せになれたから。
だから、あんな声で『好き』だなんて言って欲しくはなかった。
ーーそれは、どうして?