冨岡さんに初めて出会った時、随分とわかりづらい音のする人だなぁと思った。例えるなら、ぴんと張り詰めた糸が何重にも張り巡らされた部屋に閉じ込められており、彼が動くたびに糸が切れたり絡まったりする音がする。そのせいで、冨岡さんの本当の音が聞き取りにくいのだ。
なんでこんなややこしいことになってんだ、この人。
そうは思ったものの、それを口にして奇異の目で見られるのはご勘弁願いたいので黙っていた。特に関わる予定もなかったし。
無かったんだけどな。
お昼寝日和のポカポカの縁側に座った俺は、何故か俺の膝を枕に体を横たえて目を閉じ眠る水柱の存在に、割と虚ろな目をしていた。
果たしてあの寡黙な水柱にこんなに懐かれるとは誰が想像できよう。いや、冨岡さんの場合は、異常に言葉足らずなだけで、割と感情豊かな人だって今は知ってるけどさ。
「冨岡さーん!」
三度目になる呼びかけはかなり大きな声でやったから、絶対起きてるはずなのに返事はない。あーそうですか無視ですかそれなら俺にも考えがありますからねといった気持ちで、片手を上げる。
「と、み、お、か、さ、ん」
一音ずつ区切りながら、冨岡さんのやたらすべすべした頬を突く。いや、自分で言っててなんだけど本当に綺麗な肌してるなこの人。触り心地最高。
すると、少し眉根を寄せた冨岡さんは、片手を上げて頬を突く俺の手を掴んだ。
「起きたならそろそろ退いてくれません? 俺の足が痺れで動かなくなる前に」
そういえば、瞼が半分上がり、海色の双眸がのぞいた。無駄に綺麗でモテそうでムカつく気持ちが半分、残念そうというよりしょんぼりといった音が聞こえてきて、うっかり可愛いなとか思っちゃうのが半分。
うん、いや、年上の男を相手に可愛いとか本当に何を言っているのかな俺は。ていうか冨岡さん本当に喋んねぇな。俺はだいたいわかるけどそこまでいくと怠慢だってなるぞ。
「ほら、冨岡さん」
「……義勇だ」
「流石に知ってますけど?」
言いたいことは分かったが、敢えて応えてやらない。この人をあんまり甘やかすと良くないと思うの、俺。
そうしたら、冨岡さんが無表情のまま露骨にムッとした。子どもかよ。
「善逸」
俺の名を呼んだ冨岡さんが、膝の上で仰向けになった。俺の手は掴んだまんま、もう片方の手を伸ばして俺の頬に触れてくる。そのまま、そっと顎先までなぞって、それからもう一度頬へ。
かち合った視線の先の冨岡さんは、相変わらずの無表情だけど、その瞳は純粋な期待に満ちている。駄目押しのように聞こえる、幸せを表現するかのような甘やかな音。
あー。ダメだこれ。むり。
きゅんって音が聞こえたけど、それが俺のものか冨岡さんのものかは考えないことにして、俺は白旗を上げた。