Dear Mr.Claus

 ディア、ミスタークラウス。

 こうやって手紙のやり取りをするのも何度目でしょう。

 貴方の几帳面な文字に見慣れる程度にくり返しているのは確かですね。

 感謝の気持ちを表したくて贈った、ブリザードフラワーに付けたメッセージカードに、口頭ではなく手紙で返事を貰えたときのことを思い出します。

ソニックから封蝋の付いた白い封筒を受け取ったときは正直にいうと吃驚しました。

 丁寧に感謝の言葉を述べて、ここでの生活を気遣ってくれるあなたの手紙からは、とても暖かな優しさを感じて感動したのを覚えています。

 貴方からの最初の手紙は、今でも大事に仕舞ってあります。勿論、それからの分も。

 今では僕の大切な宝物です。

 なんて言ったら驚かせてしまいますか?

 貴方が綴る世界はいつだって色鮮やかで、僕の心を穏やかで優しいものにしてくれます。

 初めて手紙を受け取ってから、少しずつ色んな貴方を知りました。

 植物を育てることが好きだとか、何もしていないのに小さな子どもに泣かれてしまうことが多いのが悩みだとか、プロスフェアーに時間を忘れて年甲斐も無く怒られることがあるのだとか。

 対面して話すときよりよほど饒舌に語ってくれましたね。

 手紙を受け取って読むたびに、貴方が僕を心から受け入れようとしてくれているのを感じて嬉しかったです。

 こうやって、文を交わせるような仲になれて良かった。

 僕の勘違いでなければ、貴方もこの関係を心地いいものと感じてくれていると思います。

 だから、ごめんなさい。

 僕は、貴方のことを、貴方と同じように見られなくなってしまいました。

 上司と部下とも。

 文通相手とも。

 友人とも。

 この気持ちを伝えても、貴方はきっと僕のことを見る目を変えたりはしないでしょう。

 手紙だって、今まで通り交わしてくれるかもしれません。

 それでも、全てが同じではあり得ない。

 今の僕には、それが怖くて仕方無いのです。

 だから僕はこの手紙を出しません。

 封をして、仕舞って、二度と言葉にしません。

 僕は、貴方のことを愛しています。

 それでは、良い一日を。

 レオナルド

 手紙を書くようになってから買った安物の簡易机に、これまた安物のペンを投げる。長いため息を吐いて、レオナルドは椅子から立ち上がった。見下ろす視界には先程まで文字を綴っていた便箋がある。そこには、彼には絶対に伝えられない言葉が書かれていた。

 愛している、だなんてストレートな言葉は人生で初めて使ったかも。

 そんなことを考えて苦笑いする。その言葉は、相手に届くことはなくそっと隠されるのだ。

 視界に入れておくのが辛くなって、レオナルドは便箋を折り畳んで封筒に入れた。封をしてしまうと、ほんの少し気分が軽くなった気がする。

 伝えなくてもいい言葉だ。けれど、伝えたい言葉でもあった。

 折衷案として、手紙に綴り相手には渡さないでひた隠すことにしたのは正解だったかもしれない。なんとなく本人に伝えたような気持ちになれる。

「情けないな」

 全くもって情けない話だった。だが、今の自分にはこれが最善の策に思える。もう一度ため息を吐いて、レオナルドはすぐ傍のベッドにダイブした。先客のソニックが驚いた声を上げるのに、「ごめんごめん」と謝る。

 ただ手紙を書いただけなのに、酷く疲れた。

 そのまま目を閉じると、ぐっと体が重くなる。その感覚に身を任せて、ゆっくりと意識を手放した。

 

「なぁに幸せそうな顔して寝てんだこの陰毛頭!」

「わっ!?」

 唐突に全身を襲った衝撃に目を覚ます。まだ寝ぼけた頭で辺りを見回すと、すぐ傍に白いジャケットとパンツに身を包んだザップの姿があった。レオナルドは寝ぼけ眼でその整った顔を見上げ、それから彼の背後の惨状に気付いた。

「ザップさん、扉を壊して入ってくるの止めてくださいよ!」

「オメーがいつまでたっても起きねえからだ。今日ミーティングだっつったろ。優しい先輩が迎えにきてやってんだから、早く準備しろ」

「優しい先輩は扉を壊したりしません!」

 言い返しながらも時計をチェックして、これは不味いと手早く準備を済ませる。パジャマ代わりの肌着の上にいつもの服を着込むと、靴を履いてバイクのキーを手に取った。

「行くぞ、ソニック」

 声を掛けると、音速猿がレオナルドの肩に乗る。筈だった。

「あれ? ソニック?」

 不思議に思って部屋を見渡しても、ソニックの姿は見当たらない。

「なーにやってんだ。マジで遅れるぞ」

「いや、ザップさん。ソニック知りません?」

「俺が来た時には居なかったぜ。どっかで遊んでるんだろ。ほら、行くぞ」

 釈然としないながらも時間はどんどん過ぎていく。仕方無く、蝶番の外れた扉を申し訳程度に入り口に立てかけて、二人は部屋を後にした。

 ライブラ本部に辿り着いた時には、既に他のメンバーが揃っていた。

「ギリギリ、といったところだな」

 落ち着いた声で言ったスティーブンの言葉に、二人はほっと息を吐き出す。間に合わなかったらどんな大目玉を食らうかわからない。

「すみません。僕が少し寝坊しました」

「珍しいな。何かあったか、少年」

「いえ。ザップさんが僕の部屋の扉を壊した程度の問題しかありません」

「またか、ザップ」

 なにチクってんだテメエ、という顔をしてサップがレオナルドを睨め付ける。それを無視して室内を見渡すと、こちらを見ていたらしいクラウスと目が合った。ほんの二秒程視線が絡んだあと、ふっと視線を逸らされる。それは自然な動作だったが、彼がするには珍しいものであった。

 何かあったのだろうか。それとも、これから何かあるのであろうか。

「じゃあ、始めるぞ」

 一声とともに、ミーティングが開始された。

「やっぱりおかしいと思うんだよな」

「何がだよ」

 交差点の信号待ち中。独り言として呟いた言葉を、バイクの後ろに乗っていたザップに拾われて、返事が欲しかった訳ではないレオナルドは口元をもごもごさせた。

そんな様子を見て、ザップはヘルメットを引っ掴んで頭を揺らしてくる。

「何がだって聞いてやってんだよ」

「わわ、やめてくださいよザップさん!」

「なら吐け」

「吐けって……。いや、今日のクラウスさん、ちょっと様子おかしくなかったですか?」

 前を見ながらそう言うと、彼は「はあ?」と呆れた声を出した。

「旦那の様子がおかしいって? いつも通りだろ」

「そうですね。ザップさんは、ミーティングの後いつも通りこてんぱんにされてましたね」

「うるせえ。……で? 旦那のどこがおかしいってんだよ」

 吐き捨てた後に聞く姿勢を見せたザップに、しかし上手い答えを用意出来ずに口籠る。

「ミーティング中は何時ものクラウスさんだったんですけど、それ以外でなんていうか、らしくないっていうか」

「どこが」

「うーん。クラウスさんと視線が合わないんですよね。合っても逸らされてる気がして」

「何それ。お前、何やったの?」

 とたんに面白そうな声を出して身を乗り出してくるザップの顔を、手で後ろに押し返した。

「何もやってませんよ! だから様子がおかしいって言ってるんです」

「何もやってねえのに避けられる筈ねえだろ」

 その言葉は、レオナルドの心にぐさりと刺さった。ほんの少し俯いて「何かやっちゃったのかな……」と呟く。それを見たザップが、後ろ頭を掻きながら言った。

「何かやったにせよ何もやってないにせよ、見当も付かないんなら本人に直接尋ねるしかねえだろ」

「クラウスさんに?」

「そ。仮に何かしてたなら謝ればいいだけの話じゃねえか。うじうじ悩んでるよりそっちのが早いぜ」

 確かに、ザップの言うことは尤もだ。例えクラウスを怒らせる何かをやってしまっていたとしても、彼はきちんと謝る相手を無下にしたりする人ではない。

「……そうですね。ザップさん、ありが」

「信号変わったぞ、糸目チビ」

 お礼を言おうと振り返れば、その顔を無理矢理正面に向けられる。

 レオナルドは後ろの車にせっつかれるように発進した。

 明日、クラウスに直接尋ねてみようと思いながら。

 その夜。帰宅すると、部屋の扉はすっかり修理されていた。スティーブンが手を回してくれたのだろう。それはいい。問題は、扉の前に立つ人物の方だ。

「夜分遅くにすまない。レオナルドくん」

 落ち着いた低い声でそう告げたのはクラウスだ。その肩には、今日一日姿を見なかったソニックがいる。白い小猿はレオナルドの姿を見ると軽い動作で肩に飛び乗って来た。

「ソニック、お前どうして」

「昨晩、私の所にやってきたのだ」

「クラウスさんの所に? すみません。ご迷惑お掛けしました」

「いや、すぐに帰ろうとしたのを引き止めたのは私だ」

「あ、立ち話もなんなので、どうぞ。狭い部屋ですけど」

 そう言って扉を開けるとクラウスを中へと促す。彼は「では、失礼する」と言って入っていった。その後に続きながら、どうしてクラウスがこんな所に居るのだろうと考える。しかし、思い当たることは無い。

「本当に狭くてすみません。えっと、お茶……なんてなかったな。何か買って来ます」

「いや、大丈夫だ。突然訪れたのは私だ。気を使わないでくれたまえ」

 両手の平を胸の前に掲げて、ほんの少し焦ったような顔を見せるクラウスに、レオナルドは尋ねる。

「何か、あったんですか?」

 すると彼は、手を下ろしてパンツの後ろポケットから一通の手紙を取り出した。見覚えのある安物の封筒を見て、首を傾げる。

「昨日、彼が持って来たものだ」

「へ?」

 クラウスの視線はソニックを見ている。レオナルドは理解出来ずに間抜けな声を出した。だってソニックに手紙を届けるように言った覚えは無い。それ以前に手紙なんて書いて。

 そこまで考えて、一気に血の気が引いた。

 手紙は、書いた。

 慌てて簡易机の上を見る。そこに放り投げてあるはずの封筒は無い。確かに昨日机の上に置いた筈だ。凍り付くレオナルドの頬を、ソニックがぺちりと叩く。視線を肩に移すと、大きな瞳でこちらを見ているのが分かる。間違いない。昨日の手紙は、ソニックがクラウスに届けてしまった。

「その! 手紙はなんというか! じょ……」

 冗談です。その言葉はどう頑張っても口から出てくれなかった。視線を爪先に落として黙り込んでしまう。もはやどうして良いか分からない。過去最高に混乱するレオナルドに、低い声が掛けられた。

「手紙は、読ませてもらった」

「……はい」

 読まれた。間違いなく読まれた。人生が終わったかのような心持ちで、クラウスの言葉の続きを待つ。

「君のことを好きかと聞かれれば好きだと答えられる。だが、愛しているかと聞かれると、正直な所わからないのだ。そんな風に考えたことが無かった。だから、今の時点で君の気持ちに答えることは出来ない」

 その言葉は、予測していたものだが想像以上にキツいものがあった。だが、クラウスは真っ直ぐに答えを返してくれた。それだけで、ますます好きだと感じる自分が辛い。何か言わなければ、笑って、彼が居心地悪くならないような言葉を。そう思うが何も出て来ない。

 そこへ、再びクラウスが口を開いた。

「……けれど。その、君さえ良ければだが。私に時間をくれないだろうか。レオナルド君をそういった人として見られるのかどうか、きちんと考えて返事をしたいと思っている」

 彼の言ったことが一瞬理解出来ずに、ぼんやりと相手を見上げる。クラウスはしごく真面目な顔をしていた。瞬きをする。何故か視界がぼんやりと歪んだ。

 彼は、何と言った。

 きちんと考えたいと言わなかったか。

 それは、なんて、幸せな。

 熱いものが頬を伝い、レオナルドは自分が泣いてしまったことに気付いた。お陰で目の前の彼がどんな表情をしているのかわからない。

「その、すまない。やはり駄目だろうか」

「いえ! ……いえ、違います!」

 気遣うような声を必死に否定して、自分の中で暴れる言葉をまとめようとする。

 嬉しい。吃驚した。好きだ。好きだ。好き。

「すみません。やっぱり、貴方が好きです」

 あふれる気持ちにすっかり観念して、レオナルドは告げた。涙でにじむ彼を見て。

「クラウスさんが考えてくれるのなら、待ちます。宜しくお願いします」

 泣きながらのみっともない告白に、しかしクラウスは笑うことなく頷いてくれた。

 

2016/03/07

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