男二人が立つには手狭なキッチン。そこにクリスと二人並んで立ちながら料理をする。まるで夢のような状況を、でもこれは夢ではないと確信出来るのが嬉しいと御幸は思う。
彼と共に暮らし始めて、初めての秋が訪れた。普段は御幸が取り仕切っている食事の準備に、クリスが参加して一品作ると言ってきたのは、今日が御幸の誕生日だからで間違いないだろう。誕生日に、好きな人が、自分の為に料理を作ってくれる。これ以上幸せなことはあるのだろうか?
「無いよなぁ」
「ん?どうした?」
小さく呟けば、すぐ反応される。クリスは今、赤飯用のささげを煮ている。差し水用の水の入ったコップを持って、不思議そうにこちらを見る彼に笑いかけて、「なんでもないです」と言った。
「クリス先輩。うち、炊飯器もありますけど」
「知っている。だが、鍋で炊く方が美味く出来るんだ」
ちょっとした疑問を口にすれば、料理人のような答えが返ってくる。
「そんな古風な炊き方、誰に教わったんです?」
「母にな。好きな人が出来たとき、誕生日に祝いの一品くらいは作れるようになっておきなさいと言って、教えられた」
穏やかな笑みを浮かべてこちらを見るクリスに、ほんの少し頬が熱くなる。面と向かって好きな人だなんて言われると、若干照れくさい。
「……。素敵なお母さんですね」
「ああ、自慢の母だよ」
そう言ったクリスは、お玉を手に灰汁取りを始めた。
炊き上がった赤飯を蒸らしている間に、御幸は下拵えをしておいた鯖をグリルに入れる。鍋に湯を沸かして二人分の味噌汁を作ると、焼けた鯖にすだちを添えて食卓に並べた。副菜に白菜と焼き海苔の和え物を用意していると、クリスが再びキッチンに立つ。
「ごま塩を作り忘れていた」
「本格的ですね」
「お前の誕生日だからな」
そう言って笑みを向けられればなんだかむず痒い。しかし悪い気はしなかった。手早くフライパンでごま塩を作るクリスの姿は、控えめに言ってもかっこいい。御幸が副菜のお椀を持ったまま見とれてしまうのも無理はなかった。
「どうした、御幸」
「クリス先輩に見惚れてました」
「……お前は、なんというか、ストレートに褒めてくるな」
「照れてます?」
「少しな」
そんな所は可愛いと思います、とは付け加えなかった。あまり言いすぎると拗ねてしまうことも知っているからだ。クリスは意外と子供っぽい一面がある。
「よし、出来た」
「じゃあ、ご飯にしましょう」
そう言って食卓へ向かう。
真ん中に置いた鍋の蓋を開けるとほっかりと湯気があふれ出た。綺麗な紅色に染まった赤飯が姿をあらわす。
「軽く混ぜるからうちわで扇いでくれ」
「わかりました」
うちわで仰ぐと室内に炊きたてのご飯の食欲をそそる香りが広がった。米粒にだんだんと艶が出てきたのを見て、クリスが混ぜるのをやめ茶碗に赤飯を盛る。これで配膳は終了だ。
「御幸」
いただきますと手を合わせようとしたら、声を掛けられた。見ると、クリスがまっすぐな視線でこちらを見ている。
「誕生日、おめでとう」
柔らかな笑顔で告げられた言葉が、御幸の胸の内に染み込んで溶けていく。それを感じながら、思った。
なんて、幸せなんだろうと。
「では、頂こうか」
「……っはい」
二人は両手を合わせ、いただきますと口にした。