窓越しにベンチに座るクリス先輩の姿が見えた。同じ制服に俺より大きな体を包んだ彼は何かを抱えている。気になって窓枠を乗り越えると此方に気付かれた。その手になつくは膝を独占した子猫。何となく悔しくなってそのままクリス先輩の髪にキスをひとつ落とす。やわらかな整髪料の香りに心が揺らいだ。
熱く湿った息が降谷の冷えてはりつめた皮膚を溶かす。あ、と思うまでもなく額に沢村の唇が触れた。熱は一瞬ですぐに離れる。「わははは!どうだしてやったり!!」何時もより妙なテンションなのは気のせいじゃない。「一体、なに?」雰囲気に流されず聞き返すと小声で「…罰ゲーム」と返ってきた。
降谷が溜め息をつく。バカにされたようで腹が立ったが先程の所業を忘れたわけではない俺はぐっと黙った。男は我慢だ。降谷の視線が一瞬後方に逸れる。気になり振り返ろうとすると肩を掴まれた。そのまま降谷の顔が近付く。思わぬ近距離に目を瞑るとその上に何かが触れた。「やられたら、やり返す」
「キスしてみて。どこでもいいよ」俺の唐突な要求に丹波が息を飲んだ。その額には薄く汗が滲んでいる。じっと黙る丹波が動いたのは暫く後。ぎこちない動きで耳の付け根に一瞬の暖かさを残す。あぁ、意味をわかってやっているんだろうか、こいつは。そのまま離れようとする体を引き寄せて唇を奪った。
最近降谷君はよく僕らの輪に入るようになった。随分栄純君になついて来たように思う。親を覚えた雛のような様に愛着がわく。「降谷君」呼ぶと不思議そうに振り向いた。手招きすると素直に応じる。それに満足して彼の頬に口を寄せた。「親愛の印♪」そのまま耳元で囁くと、彼は応じてやり返してきた。
キスする場所には意味があるんだって。この前女の子達が話してたよ。ロマンチックだってさ。ちなみに喉は欲求らしいよ。栄純君、欲求不満なの?「春っち、怒ってらっしゃる?」 嫌だな、怒ってないよ。昼間の学校で男の喉に噛みついてくる君の常識を疑っただけで、「すいやせんでした、春市くん!」
ようやく手に入れたのはエースの器だ。腐らず疑わずマウンドの上でまっすぐな信頼を表してくれる降谷を大切に思うのは当然の事だろう。それ以上の言葉はない。だからこの行為には何の意味もない。俺は前を歩く降谷を掴まえてそのうなじに小さな痛みを押し付けた。「…痛い」痛くしたんだ、バーカ。
「どうしたんだ、沢村」両手を腹に回して背中に顔を擦り寄せる俺にクリス先輩が困ったような声で身体を揺らした。それがなんだか悲しくて俺は額をその背に押し付ける。「何かあったのか?」何かって、何もない。だからこんなにも苦しい。でもこの暖かな存在だけは確かで。俺はその背にそっと口付けた。
「沢村」背中から抱きついて離れない後輩の名前を呼んだ。何時もの元気一杯な返事はなりを潜めている。仕方ない奴だ。回された手をぽんぽん叩くと、ようやく緩んだその腕を取った。そのまま手首に口付けるとペロリと舐める。沢村がびくっと大袈裟に動いたので薄く笑った。「困るのは、お前だろう?」
視線の先で礼ちゃんが豪快に転んだ。駆け寄ると大丈夫と言って立ち上がろうとしたので腕を取る。その時彼女が小さく息を飲んだ。痛むのかと思いジャージの腕を捲るとその白く細い腕には血が滲んでいる。「大丈夫よ」「血が出てる」かすり傷よと続ける彼女は無視してその傷に舌を這わせた。傷に触れないように軽いキスも添えると、彼女が酷く動揺した様子で俺の名前を呼ぶ。それににやりと笑んで返した。「これで、消毒に行くよね?」
TVに映るは華やかな甲子園。あいつも金のなる木、こいつも金のなる木。プレイする選手をチェックしていると横でくしゃみが聞こえた。見ると雷市が腹を出して寝ている。仕方ねえなと蹴り飛ばされた掛け布団に手をかけて、ついでにその腹にキス一つ残した。「俺の金のなる木はお前しかいねぇがな」
壁際に追い込んだのはなんとなく。そう、たまたま彼が俺と壁の間を通り過ぎようとしたからだ。両手と壁で逃げ道を塞いでしまうと彼は怪訝な顔をした。「真田、何だぁ?」動揺もしない彼に苦笑が漏れる。いつかアンタを手に入れて見せますよ、監督。その思いと共に彼の胸元に顔を埋めた。
「何の真似だ?降谷」左手の甲にキスをされた落合が聞いた。相手はきょとんとした様子で落合を見る。何故そんな事を言われたのか解らないようだ。「僕はあなたをコーチとして尊敬しています」その純粋すぎる瞳に強い意思が宿る。「だから、もっと皆の近くにくればいいと思うんです」
女が男の手を優しく包んでその硬い指先に唇を寄せた。武骨な手に紅い口紅を残して女が男を見つめる。瞳にはほのかに温かさが宿った。男はその眼差しに一瞬の戸惑いを覚えたように瞬きをし、女に何故と問うた。女は美しい唇をひいて笑顔を浮かべる。どうか考えてみて下さい。そう言ってもう一度唇を寄せた。
「雅さん俺の事嫌いでしょ」椅子に座った鳴が唐突に言った。いきなり何言ってんだコイツ。俺は黙って鳴を見下ろす。「でも駄目だよ。俺は気に入ったものは手に入れるから」強気な言葉と共に俺の腰に回された手は僅かに震えていて、俺はその後の鳴の行動に一度だけ目を瞑ってやることにした。
朝が来る。ゆっくりと覚醒した意識が再度まどろみに囚われそうになったのは、隣に眠る暖かで大きな体のせいだ。けれど起きなければ。この大切な時間はすぐに終わってしまう。俺はそっと体を起こすとまだ眠る監督の腿に唇で触れた。今ならまだ、俺だけの人でいてくれますよね。
財前が風邪を引いた。突然の電話で呼び出された俺は、げほごほ五月蝿いあいつの言葉でてんやわんやだ。王様のごとき態度の病人に苦笑いが漏れる。「何にやついてやがる」すかさず噛み付いてくる財前を可愛く思い、暑いと蹴り飛ばされた掛け布団から出た足の脛にキスをした。もうお前には完敗している。
ベッドに背を預けてゆったりと足を組み雑誌を捲っていると、目の前にいた倉持がその身を屈めた。なんだと思い雑誌越しに倉持を見ると、組んで浮いた俺の右足の爪先に小さな音を立てて口付ける。「何それ」表情を変えずに尋ねるとびくりと肩を揺らす。「いや、すんません」そんなことを聞いてない。
「亮さんの足キレーだなと思ったら、つい」へらりと笑うこいつの顔にキレイと言わしめた足で蹴りを入れてやろうかと思ったが、趣向を変えて倉持の左足を取った。膝下から爪先へそっとなぜて、足の甲に紅い痛みを残す。「お前の足が美しいよ」にぃと笑みを深めると何も知らない倉持の頬が朱に染まった。
呼んだら小気味ええ返事を返す小湊の事を後輩としてかわええ思たんは何時の事やったろう。今その相手は目の前で顔あこうしとる。「嫌やったか?」尋ねると小さく首を降った。やから調子こいてもう一度その鼻先に唇で触れた。「好きや」本心を添えると小湊はさらにあこうなってしもた。かわええなぁ。