降谷と沢村と先輩ズの話①

「単刀直入に聞こう。お前ら、付き合ってるのか?」
何の前触れも無く呼び出された俺と降谷に浴びせられたのはとんでもない一言だった。



「沢村と降谷、お前らはこっちだ」
練習後、いつもの自主練習に入ろうとしていた2人は、結城の一言に呼び止められた。ついて行ってみるとそこにはずらりと揃ったレギュラー陣の姿。
「おい、降谷。お前何かしたのか」
その前で正座させられた沢村が、小声で降谷に声を掛ける。同じく正座した降谷は黙って沢村を見た後ぼそりと呟く。
「……そっちこそ」
「俺はいつも通りだ!」
「それが駄目なんじゃ……」
パンッ!
降谷の声を遮って伊佐敷が両手を鳴らした。それにびくりと肩を揺らす一年生投手。
「注目! 今日はお前らに聞きてー事がある」
「聞きたい事、っすか?」
何がなんだかわからないといった様子の沢村に、伊佐敷がにやりと笑う。
「おう、こっからはキャプテン様に聞け」
そう言って視線が誘導された先には、腕組みをして仁王立ちの結城の姿があった。
閉じられた瞳がゆっくりと開き、正座した2人に向けられる。
「単刀直入に聞こう。お前ら、付き合ってるのか?」
落ち着いた声で発せられた言葉は2人の声を奪うには十分だった。暫くの沈黙の後、沢村が「は?」と間の抜けた声を押し出す。降谷は読み取れない表情のまま何の言葉もなかった。
「だから、恋人関係なわけって聞いてるの」
そんな2人に、何の問題もないかのように笑顔を浮かべる小湊亮介の言葉が届く。
噛み砕いて意味を理解した沢村が猛然と立ち上がった。
「はあ!? なんでそうなるんだよ!!」
その横で正座したままの降谷が、妙に落ち着いた様子で「つきあってません」と答える。援護を受けた沢村が右手をぶんぶんと振り、先輩方に叫ぶ。
「そーだそーだ! 大体なんでこんなツンケンしたやつと……ってか俺ら男だし!?」
「こんな女子は嫌だな」
「そうそ……ふーるーやあああ!」
さらりと悪態をついてきた降谷に沢村がまた吠える。だが降谷は相手にせずそっぽを向いたまま黙った。そんな一年生2人を見て、伊佐敷がセーブをかける。
「あーお前ら、いちゃつくな」
「いちゃついてない!」
「……ッス」
その言葉に仲良く同時に怒りの声を上げる沢村と降谷の息はピッタリだ。上級生達も思わずため息を漏らす。
「降谷、沢村、ここにいたのか。少し話があ……どういう状態だ?」
丁度そこに現れたクリスが、驚いたように目を丸くした。一年生投手2人が上級生レギュラーに囲まれているのだ。驚くのも無理はない。
「何もないよ。俺たちの用事は終わったから、用があるなら連れてって」
「……そうか。なら、2人とも、付いて来い」
落ち着き払った態度の小湊に、疑問を残しながらもクリスが2人を促した。降谷がすぐに立ち上がり、クリスを追う。
「あ、ちょっと待て! とにかく、俺らは何の関係も無いッスから! ぜーってぇ無いッス!」
沢村も遅れてクリスを追う。その際先輩方に何度も釘を刺して行くのを忘れなかった。
一年生2人が去ったその場に残った伊佐敷は静かにため息をつく。
「アレ、どう思う?」
「無意識に互いを意識してるんじゃない? ライバル同士としてって言っちゃえばそれまでだけど」
「あいつら馬鹿だから、ライバル心も恋心も一緒になってそーなとこもあるッスよね」
小湊に倉持が続き、こう聞いてくれと言われただけで状況を理解していない結城が「結局、どういうことなんだ?」と伊佐敷を見る。
「まあ、あいつらが仲のいいコンビって事だな」
その場はその一言で散会となった。



「お」
「あ」
降谷が寮の廊下でばったりと出会ったのは、先日一緒に先輩達に呼び出されて妙な質問を受けた沢村だった。
「何してんだよ、こんなとこで!」
「君こそ何してるの。部屋あっちでしょ」
いつものように噛み付いてきた沢村に、降谷が反対方向を指差しながら言うと、「俺は球を受けてもらいに来たんだよ!」と返ってくる。降谷は、何故こんなに叫ばないと喋れないんだろうと思いながらも、「僕も」と短く言う。
そこで2人の隣にあった部屋の扉が急に開いた。
「お、沢村に降谷! いい所に来たな」
そこから顔を出してニヤリと笑みを浮かべた御幸に、嫌な予感がする。
案の定、買出し班に任命されて、返事を聞くまでもなく2人して部屋を閉め出された。
「あ、10分以内に帰って来いよー」
「マジかよ!」
「……」
再度開いた扉から財布と共に降ってきた言葉に、沢村が叫ぶ。ここからコンビニまで片道5分とはいえ、買出し時間も含めると、全力で走って行って帰ってこなければならない。
「おい、降谷。走るぞ!」
「言われなくても」
沢村と降谷は共に走り出した。目的地は勿論コンビニである。
「ふっ、スタートダッシュは俺の勝ちだな」
勝ち誇った顔で笑う沢村に、降谷は無言でスピードを上げる。相手にしなければいいのに何故か沢村に対しては感情の全てをぶつけてしまう事を、降谷は最近になって自覚していた。
「ぬお、やるなこの……!」
負けん気の強い沢村が更にスピードを上げようとして踏み込んだ。そのまま競い合いながら走る。途中、ふと降谷がスピードを緩めた。それを待っていたかのように一気に追い抜いた沢村が、走りながら降谷に声を掛ける。
「ふははは、敵前逃亡かキサマー!」
「……いや、コンビニここだし」
「なにぃ!?」
本気で驚いた沢村が急停止してコンビニを目視する。そして気まずそうに「俺もそうじゃないかと思ってたぜ!」等と言いながらコンビニまで引き返した。そんな沢村の様子を見ながら(バカだ……)と思いつつも、降谷は妙に憎めないと感じた。
コンビニでメモに書かれた物を片っ端からカゴに突っ込み、レジに山盛りになったカゴを乗せる。店員が会計してる間も、沢村はその場で落ち着かなさそうに足踏みをしていた。時間が気になっているのであろうが、会計を急かす訳にもいかないというジレンマからの行動であろう。
一方の降谷はぼーっと会計が済んでいく商品を眺めながら考えていた。きっと帰りも競い合いのように帰る事になる。それは確信であった。
「相手にしなければいい……」
ぼそりと呟いた言葉が届いたのか、沢村が「なんか言ったか?」と尋ねてくる。見上げてくる琥珀の瞳に、降谷は小さな満足感を覚えた。
勿論、2人は帰り道も競り合うように寮への道を走った。
行きも帰りも全力疾走で戻った二人を迎えたのは御幸を始めとした青道レギュラー先輩陣だ。
「お、本当に10分以内に帰って来たな。偉いぞー」
御幸が軽い口調で肩で息をする沢村の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。そしてその手からレジ袋を取った。
それをじっと見ていた降谷に気付かない振りをして、御幸は降谷の袋も受け取る。
「可愛い後輩が買出しに行ってきてくれましたよーっと」
軽い口調で御幸がレジ袋を部屋の真ん中まで持って行く。それぞれが自分の頼んだ物をそこから取り出した。最後に御幸が自分の頼んだ物を取り出すと、袋の中に一つの菓子パンが残る。
「あれ、誰か取り忘れてません?」
御幸が菓子パンを持ち上げて、部屋に居るメンバーに声を掛ける。
「俺らは取ったぞ」
「間違えて買ってきたんじゃない?」
伊佐敷の言葉に小湊が続く。
(やべ、怒られる?!)と沢村が内心を隠せずにいると、伊佐敷が「じゃあ、それお前ら2人にやるわ。買出しの駄賃だ」と軽い口調で対応した。御幸が楽しそうに笑いながら沢村の手元に菓子パンを落とす。
「優しい先輩で良かったなーお前ら」
「そもそも優しい先輩はパシリさせないと思います」
「言うね、お前も」
御幸にだけ聞こえる程度の声で呟く降谷。だが御幸は気にした様子も無く、「仲良く食べろよ」と声を掛けて離れて行った。
沢村が手にした菓子パンを見る。部屋の隅に陣取った2人は、顔を見合わせた。
「とりあえず、半分にするか」
「うん」
降谷は沢村の手で二つに分かれていくパンを見た。甘いクリームの香りが鼻腔を擽る。「ほら」と言って差し出されたパンに、降谷が小さく呟いた。
「そっちの方が大きい気がする」
「いや、同じだろ!」
「いや、そっちが大きい」
急に言い争いを始めた二人に、先輩達が振り向いた。
その視線に居心地の悪さを感じた沢村が、「あーもうわかったよ!」と言って降谷に突き出したパンを自分の手元に戻し、反対に自分の手元にあったパンを渡した。
そうして沢村がいざ食べようとした時、受け取ったパンを眺めていた降谷が声を発した。
「やっぱりそっちの方が大きい」
それにカチンと来た沢村が「細かい事にうるせーんだよ! ほら、食え!」と、自分の持っていたパンを降谷の口元に突っ込んだ。それから降谷が持っていたパンを奪い取る。
「最初からこれで良かったんじゃねーか!」
と怒り気味の沢村に対し、パンを突っ込まれた降谷は、むぐむぐと口を動かしならがどこか嬉しそうなオーラを漂わせていた。
それを見た伊佐敷が、「あいつら、やっぱ付き合ってんじゃねえの」と小声で呟く。
「やっぱり、馬鹿2人だから気付かないんじゃ無いッスかねー」と続いたのは倉持。
「ははは。まあ、俺的には投手2人にライバル心を忘れてもらっちゃー困るんですけどね」
ゆるい口調で御幸が続けて、スポーツドリンクを一口飲んだ小湊が話題の2人を見た。
「でも、なんか応援してみたくなるね」
「おっ、さんせーッス」
「面白そうだしな!」
倉持と伊佐敷がそれに続き、ここに一年生投手の今後を見守る会が発足されたのだった。

 

2013/11/25

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